メディアグランプリ

声なき声を聴く診療科


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記事:林明澄(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
眠っている方の声を聴く、それが私の今の仕事だ。
 
寝ている人は話せないんじゃないの? どうやって? と思われただろうか。
私は毎日、病院の手術室にて全身麻酔で寝ている患者さまの体の声を聴いている。沢山のモニターと患者さんの顔色や尿などの指標を用いて。
 
麻酔科という仕事を皆さんはご存じだろうか。
麻酔科医は、言葉通り全身麻酔の専門家だ。
 
少し、オペ室(手術室)の様子を想像してみて欲しい。「メス」と執刀医(外科)の先生が言い、オペ看(手術室の看護師)が器具を次々手渡し手術が進んでいく。そんなシーンが、ドラマではしばしば取り上げられるが、実は画面には映っていないその横に麻酔科医はいる。患者さんの枕元で手術中の痛みや眠りをコントロールし、外科の先生が手術を円滑に進められるようサポートしている。まさに縁の下の力持ちだ。
 
麻酔科医と言う仕事は、あまり認知されていない。というのも、多くの場合、麻酔科医が患者さんと会うのはオペ(手術)前日と当日の2回のみだからだ。手術の前は主治医の他に、看護師、薬剤師などたくさんの人が患者さんを訪問するため慌ただしく、特に印象に残らない場合も多い。私の弟は幼少期から現在に至るまでに4回手術を受けたが、その時のことを振り返って母は「手術直前、沢山の人が挨拶に来てたけど、あの中に麻酔科の先生がいたのかな? 誰が麻酔科医だったんだろう?」と言っていた。
 
数日前、私はFacebookにて良性の腫瘤を摘出する手術を受けた友人の投稿を読んだ。
オペの前日は緊張であまり寝られなかったこと。オペ室に入ったらあれよあれよという間にいろいろな機械をつけられ、酸素を吸い始めたと思ったら寝てしまったこと。その後、目を覚ました時には手術は終わり、ベッドの上で横になっていたこと。
私たちは一つ一つの手順を追って麻酔をかけていくのだが、特に問題がなくスムーズに進めば、患者さんにとってはあっという間の出来事だろう。
 
さて、麻酔がかかり、寝ている人の全身の状態(声)は、どのように確認する(聴く)のだろうか。
ドラマなどでしばしば登場する「ピッピッピッ」という音は体の中の酸素量を反映している。そのほかにも様々なモニターを患者さんにはつけさせてもらう。手術開始から終了まで、刻一刻と変わるモニターと術野、麻酔器、人工呼吸器を見て患者さんの状態を判断する。
 
例えば、全身麻酔が効き始めると、血管が広がって血圧は下がる。
出血が多いと、血管の中に十分な血液がない状態になる。すると、心臓が頑張っても血液を十分な圧をもって送り出せなくなって、血圧が下がったり尿が出にくくなったりする。その分、全身に血液を送り出すポンプ(心臓)がたくさん脈を打ち、脈がハカハカと早くなる。
麻酔(眠り)が深すぎても血圧は低くなる。その時は脈拍も。いうなれば、私たちがリラックスして寝ている状態だ。朝、低血圧に悩まされる方が多いのもそのためだ。
もし、麻酔が比較的浅くて、患者さんの体が(目を覚まさない範囲で)痛みを感じたら、交感神経が活性化され血圧も脈拍も上がる。
 
こんな風に、少しずつ起こる体の変化を見極め、その変化に応じて薬を調整し、輸液(点滴で落とす水)や輸血の種類や速度を変えていく。
 
ちなみに、同じ問題に対処する場合にも、使える手札(選択肢)は複数ある。
例えば、血圧が下がるという問題に対しては、輸液の種類を変えたり、速度を速めたり。血圧を上げる薬にも、心臓のポンプ機能を強くするものもあれば下肢など全身の血管を細くして心臓や脳に行く血液の割合を増やすものもある。そして、そういった薬を一時的に投与する方法もあれば、持続的に少しずつ流し続けるという方法もある。
手術の種類や持っている病気、年齢、体格は人それぞれ異なる。だからこそ、相手の状況を考え臨機応変に行動を変えていく。
 
どの方法が相手にとって良いかを、相手の様子を見ながら選択する“麻酔“は、まさに相手が感じていることを言葉や表情などから読み取り、適切な言葉を選んで伝える“会話“に似ている。
 
同じ内容を伝える時にも、「いつもありがとう」などと前置きを入れた方がいい相手もいれば、結論から直球で伝えた方がいい人もいる。私は、相手の状況を思い巡らせ、どう伝えるか考える時間が好きだ。聞こえない声を聴きながら、相手の状況を想像し麻酔をかける時間も。
 
「痛みを感じているんですね。では、痛み止めのお薬の濃度を上げますね。」
「モニターから見るに、体の中の水分量が少なそうですね、少し輸液の速度を上げてみますね」といった具合に、私はいつも心の中で患者さんに呼びかけている。
 
患者さんの状態が安定してきたら「良くなりました」「楽になりました」という声が聞こえる気がする。
 
この診療科での仕事を始めて1か月半。
最初は、モニター上の数値を追うことに精一杯で、患者さんの体の声はあまり聞こえなかった。細かな変化に気がつかず、途中で大きな変化になってから慌てることもあった。
しかし、それではまずいと私は毎日必死で患者さんのモニターや状況を観て考えてきた。上級医の先生の解釈を聴き、自分でも繰り返し考える中で、先週から患者さんの体の声がはっきりと聞こえるようになってきた。
 
患者さんがオペ室に入ってからオペ室を出るまで、患者さんと対話し続ける。それが、私の仕事であり楽しいのだ。
 
先週、私が麻酔を担当し、目が覚めた患者さんが言った。
「先生、ぐっすり寝られました」
 
安心して、痛みを感じることなく手術を終えてもらうこと、それが、麻酔科医にとっての何よりのやりがいだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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