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泣き虫アリスが教えてくれた、ホントに人生を変える戦い方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高井不二生(ライティング・ライブ大阪教室)
 
 
熱唱を終えると、スタンディングオベーションが彼女を待っていた。
僕は目頭が熱くなるのを感じた。会場の興奮はなかなか収まらなかった。
 
オーディションのステージに立っているのは、美容セラピストのアリス・フレドナム28歳。大きな目から溢れる涙を隠しきれず、恥ずかしそうに手で顔を覆って身をよじっている。
 
「アリス、なぜ泣いているの?」
審査員の一人が、愛おし気に声をかける。
「まるで夢のようなの。ただ嬉しくて……」
 
コロナ禍で家に居る時間が増えていた僕は、YouTubeをよく観るようになっていた。
最近はイギリスのオーディション番組、BGT(Britain’s Got Talent)にハマっている。
これは、その中で見つけた飛び切り感動的な動画であった。8年も前の出来事だけど。
 
BGTという番組名にピンとこなくても、スーザン・ボイルの名前を知っている人は
多いかも知れない。そう、スーザンはこの番組で衝撃のデビューを果たした一人。
イギリスの小さな田舎町からやって来た風采の上がらない47歳のスーザンは、
ずば抜けた歌唱力でみんなの度肝を抜き、そのニュースが世界を駆け巡った。
 
アリスのジャズ・ソングにも、魂を揺さぶられるような感動を覚えた。
彼女が歌った「マイ・ファニー・バレンタイン」は、フランク・シナトラをはじめ多くの
ジャズ歌手がカバーした名曲で、まるでアリスの為に作られ、歌い継がれてきたようにさえ思えた。
 
なんて素敵な声、なんてセクシーな奏。
アリスが歌うブルーな旋律に、会場は引き込まれていった。
まるでジャズの女神が降りてきたような、魅惑的なシーンだった。
 
でも、この後どうなったのだろう?
これは予選の時の映像だ。
 
審査員の一人は、才能を見出すことで有名な音楽プロデューサーのサイモン・コーウェル氏。
そのサイモンが、
「これこそが私が待ち望んでいたものだ。君の声はまるで金のしずく。本物の美しい声をもっている。素晴らしかった」
と絶賛していたのだから、きっとプロの歌手になったのだろうなと思い、彼女のことをもっと知りたくなって、PCの前で指を動かした。
 
しかし、画面に現れたアリスが批判されているという記事に、目が釘付けとなった。
(え! どういうこと? どうして……)
 
記事はアリスが出演したThe Voiceという別のオーディション番組に触れていた。
僕はすぐにその動画へ飛んだ。
 
その時のアリスは、彼女が憧れている1950年代のビンテージ・ファッションをセクシーに着こなしていた。化粧も濃い目で、BGTの予選に出演した時の、地味な服装で緊張しておどおどしていたアリスとは別人のように生き生きとしていた。
多分、そういったファッションで自分を鼓舞していたのだろう。
昔、オールディーズが大好きだった僕にとって、そんなアリスの姿もたまらなかった。
 
その動画の最初の方のインタビューでアリスは、
「ロンドンのパブや結婚式などで歌いながら、少しずつ自信をつけていったけど、こんな
大勢の前で歌うのは初めて」と語った。そして、
「でも、これは大きな転機になると思う、どっちに転んでも」
そう言ってアリスはThe Voiceで、夢の大舞台に挑戦したのだ。
 
曲は軽快なジャズのスタンダードナンバーの「The Lady is a Tramp」。
アリスは最後まで楽しそうにリズミカルに歌い、審査員達も曲に合わせて身体をスイングさせて聴いていたが、結局、誰からも評価されることはなかった。
 
「ジャズパーやレストランで誰かが歌っているようだった」
「無難な曲を上手く歌っているだけと思った」
「ジャズで自分をどのように表現したいのかが分からない」
 
家族や友人の見ている前で、審査員達からそんな酷評を受けて舞台を去って行ったアリス。
顔では笑顔をつくっていたけど、心はかなり折れていたのだろうなって思う。
 
しかし、アリスにとってもっと問題だったのは、このThe Voiceでのオーディションの
様子が、BGTで予選通過した放映の翌週に、テレビで放送されたことだった。
 
BGTの予選で見せた、歌う前に緊張して頼りなげなアリスの姿。
そして、The Voiceとは真逆の地味なファッションと薄化粧。
すべては評価を誘う為のパフォーマンスだったのか!?
そんな心無い視聴者からの批判を浴びたのだった。
 
(そんなわけないだろ!)
僕は心の中で叫んだ。
 
その記事のライターも、アリスが2つの番組に出演した時系列に注目して、放映された順序が逆だっただけで、実際にアリスが出演した順番は、The Voiceが先で、BGTが後であると言っていた。つまり、The Voiceでみじめな敗れ方をしたアリスは、大きなプレッシャーの中でBGTに挑んだのだと。
 
(その通り!)
僕の心は過去の記事に、時を超えて完全にシンクロしていた。
そして、彼が説明する証拠に激しく同意していた。
後日アリスがはっきりと、「出演はThe Voiceが先でBGTが後」と説明した動画にたどり着いた時は、安心して胸をなでおろした。
 
BGT予選のインタビューの中で、アリスは緊張しながら目を潤ませて、以前のオーディションでの敗北に触れ、そして強い思いを語っていた。
 
「本当に成功したい。何かに負けていると思うから。みんなに自分を証明したい。その為に来たの」
 
BGTの予選の時の衣装は、白い長袖シャツにジーンズ、白いスニーカー。
そして薄目の化粧に、後ろに束ねただけの髪。
それは自分を飾らずに、歌唱力だけで勝負するという戦闘態勢だったと僕は思う。
選曲も自分の声質に合ったバラード「マイ・ファニー・バレンタイン」。
あえて難易度の高い曲に挑戦し、熱い思いでゆっくりと声を伸ばしながら、切ない恋のうた
を歌い上げると、会場はその妖艶なハスキー・ボイスに酔いしれていったのである。
 
アリスはThe Voiceでの敗北をちゃんと分析していた。
「無難な選曲」とか、「そこらへんで歌うジャズ歌手」とか、
「表現したいことが分からない」と言われないように、
真剣に考えて挑んだ結果が、BGTの予選でのパフォーマンスだったのである。
何よりもバラードの曲が、アリスの声の魅力を大きく引き出した。
やはり自分の強みを知り、戦う土俵をちゃんと選ぶことが一番重要なのだ。
 
それからアリスは順調に勝ち進み、プロデビューの夢を叶えた。ちょっと時間がかかった
けれど、2017年にファーストアルバムも出している。
今頃はイギリスのどこかで、あの素敵なハスキー・ボイスでジャズを歌っているのだろうな。
生で聴いてみたい。
 
僕は妄想の中で、仕事で時々訪れたことのあるロンドンのホテルのラウンジにいた。
ソファー席にゆったりと座り、すぐ前のステージに目をやる。
アリスがお気に入りのビンテージ・ファッションで、バンドを従えて歌っていた。
曲は「マイ・ファニー・バレンタイン」。
僕が胸元で軽く手を振ると、それに気づいたアリスはウィンクで返してくれた。
 
「ありがとうアリス。僕も戦うよ」
 
 
 
 
***
 
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2021-09-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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