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風になる!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久米 靖(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「風になるんだよ」
H先輩の言葉に、ボクは首をかしげた。
「え? ……風に乗るんですよね?」
「ううん、風になるの。今にわかるよ」
 
ウインドサーフィンを始めたきっかけは、会社で同じ課のH先輩に誘われたからだった。
ボクは普通のサーフィンすら経験がなく、大いに不安だったが興味はあったので、行ってみることにした。
 
場所は、神奈川県の八景島近くのビーチだった。
最初は陸上で、道具の使い方と基本的な動作を学ぶ。
 
ウインドサーフィンの道具は、ヨットをそのまま小さくしたようなイメージだ。
風を受ける帆(セイル)をマストに取りつける。セイルのちょうど胸の位置にブームというものがあり、これがハンドルの役割をする。
 
マストの下部につなぎ目があり、これでボードとマストをつなぐのだ。
つなぎ目は水平・垂直方向どちらにも回転する仕組みで、セイルを回したり倒したりできるようになっている。
 
初心者用の大きなボードを用意してくれたので、海の上でも割りとすんなりボードの上に立つことができた。
ハンドル代わりのブームを風上に引き込むと、セイルが風を受けて前に進む。飛行機が飛ぶ時に翼に働く「揚力」と同じ原理らしい。

方向転換のやり方も覚え、海の上を行ったり来たりできるようになると、ボクはすっかりその爽快感のとりこになった。
 
2回目に誘われて行ったとき、駐車場にウインドサーフィンスクールの車が停まっていて、
車体に電話番号が書いてあるのを見つけた。
いつも先輩に連れて行ってもらうわけにもいかないので、すぐに連絡して複数回の体験入会に申し込み、週末ごとに海へ行くようになった。
 
スクールに入って2回目の時は、かなり強風だった。沖の方で白波が立ち、大きなうねりが波打ち際まで押し寄せていた。
インストラクターのTさんが言った。
「無理をすると危ないですから、今日はやめておきましょう」
 
浜辺に座って海を見ていると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
ウインドサーファー数名が、とんでもない速さで沖合を滑走しているのだ。まるでジェットスキーのようだった。
その日も来ていたH先輩が教えてくれた。
「あれが“プレーニング”だよ」
 
自動車が走行する際に起きる、「ハイドロプレーニング現象」というものがある。雨天時に高速で走行した時に、タイヤと路面との間に水膜ができることによって浮いた状態となるのだ。
 
これと同じことが、海の上で起きる。
強い風によってスピードが上がると、ボードが水面上に浮き上がって滑走状態となり、次元の違うスピードに入っていくのだ。
 
ウインドサーファーが主人公の、『天国で君に逢えたら』という映画がある。
その出演者で、撮影時にプレーニングを見た女優の真矢みきさんは、「エンジン、ついているんですよね?」と聞かれたそうだ。
そうではないことを知った時、真矢さんが発した言葉は「人生で何番目かの驚き!」というもの。ボクも全く同じだった。
 
そのプレーニングの感覚を味わいたくて、ウインドサーフィンをしている人がほとんどだという。
「プレーニングができるとね、風になれるよ」
「どのくらいやれば、できるようになるんですか?」
「個人差はあるけど、週1回練習したとして、半年ぐらいかな……」
 
スクールの体験期間が終わり、ボクは正式に入会した。
道具を少しずつ揃え、秋になっても、冬が来ても、毎週通い続けた。冬用のウエットスーツもあり、やろうと思えば一年中できるのだ。
 
始めてからまもなく半年になろうとしていたが、まだプレーニングはできなかった。
そんな時、合宿で与論島へ行くのに誘われた。
「でも、ボクまだプレーニングできないですし……」
「大丈夫、与論島で練習すればきっとできるようになりますよ!」
 
鹿児島県の最南端にある与論島は、ウインドサーフィンのメッカだ。サンゴ礁に囲まれた美しく凪いだ海で、秋~冬に安定した風が吹く。
意を決して、ボクは参加することにした。
 
与論島の海を初めて目の前にした時、ボクは愕然とした。
強風どころではない、暴風のような横なぐりの風が吹いていた。しかも、目の前の海はまるで川のように左から右へと流れている。
(ちょっと待って……ここでやるの?)
 
その日から、暴風との闘いが始まった。
一瞬で吹き飛ばされ、何度も何度も海面に叩きつけられる。海に落ちると、やはり風にあおられてなかなか元の姿勢に戻れず、あっという間に風下に流される。
そうなるともう自力では浜に戻れないので、その度にジェットスキーでレスキューされた。
 
全身ひどい筋肉痛となったが、それも3日もすると慣れてきた。
インストラクターのTさんは、毎日根気よく教えてくれた。海の上でボクのすぐ後ろについて来てくれ、注意点を細かく指摘してくれた。
 
合宿4日目が終わっても、まだプレーニングができなかった。明日の午後にはもう島を離れなければならない。あと半日しかない、というあせりに苛まれた。
「久米さん、今回はちょっと風が強すぎましたから……申し訳ないですね」
Tさんはまるで自分の責任のように言う。
 
最終日の午前中も強風が吹いた。
だが、ボクは連日の練習でだいぶ風にも慣れ、身体も馴染んで来ていた。
海の上で風と格闘していた時、これまでにない感覚で、体がふわっと浮き上がるのを感じた。
(えっ!? 何これ?)
 
次の瞬間、頭から海面に突っ込んでいた。
それからも時間ぎりぎりまで乗り続けたが、同じ感覚をもう一度掴めないまま、とうとう帰る時間になってしまった。
Tさんにその感覚のことを話すと、Tさんは顔を輝かせた。
「久米さん! それです、それ! きっと帰ったらすぐにできるようになりますよ!」
 
結局プレーニングができなかったという悔しい思いと、ふと感じた感覚へのかすかな希望を持って、ボクは与論島をあとにした。
 
戻ってすぐの週末、ボクはいつもの海に行った。
その日は、そこそこ強めの風が吹いていた。
海に出たボクは、穏やかにボードを走らせていた。
 
その時、海面をこする風の音が聞こえた。
かすかな、シャワシャワという音だ。
はるか前方にいる別のウインドサーファーが白波を立てて滑走し始めた。
(あ……来る!)
 
ボクはボードの上で姿勢を低くして身構えた。
風が来た!
身体がググっと押し出される。
それに耐えてさらに重心を低くし、ボードの上で足を踏ん張る。
ハンドル代わりのブームをしっかり押さえ、後ろに体重をかける。
 
一瞬、世界がフワッと軽くなった!
ボードが海面を離れて浮き上がった!
シュピピピピピッ!
水がボードの裏面を叩く音がする。
吹き付ける風を感じなくなった。
異次元のスピード感に身体が包まれ、まるでトビウオのように飛んでいた。
目の前に堤防が迫ってきて、ボクはあわててブレーキをかけ、海面に投げ出された。
 
ほんの数十秒のできごとだった。
高揚感に満たされて、真冬の海の冷たさも気にならなかった。
後ろの方から、Tさんがボードに乗って満面の笑みを湛えて近づいてきた。
 
「久米さん、できましたねっ!」
ボクは海面から首だけを出した状態で、何度も頷いた。
 
一度プレーニングが出来てしまうと、自転車に乗れるようになるのと同じだ。
その後は、徐々に自分でコントロールできるようになり、風の強弱に合わせてスピードも調節できるようになった。
 
それでも、あの時感じた鮮烈な感覚は忘れない。
あの日、ボクは確かに風になった。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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