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ケニアでの思い出はサファリツアーではなく、真面目になれということだった。


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記事:ココヒロ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ケニアでの思い出はサファリツアーではなく、真面目になれということだった。
 
「ビザの有効期限が切れていますが」
「そんなはずはないのですが、もう一度確かめていただけませんか」
「やはりどこにもビザがないですよ。あるのは、有効期限が切れているビザだけですが」
それは、私がまだ若い頃、ちょうど30年くらい前のことだ。入国審査官から、パスポートを見せられたが、確かにその観光ビザは有効期限が切れていた。私はその時ゾッとした。もうすでに、お客様は先に入国審査を済ませている。ここで私が入国できなければ、お客様に迷惑がかかってしまう。それどころか会社にも大変な迷惑をかけてしまう。
 
「どうしよう」
 
私が入国しようとしていたのは、アフリカ大陸にあるケニア共和国。動物のサファリツアーで有名な国だ。そのケニアの入国審査場でこの事件は起こった。当時、私が勤めていた会社はケニア旅行を専門としている旅行会社で、私はそのケニアのサファリツアーに添乗員として同行していたのだ。
 
お客様はもうすでに先に入国審査を済ませ、あとは私が来るのを空港のロビーで待っているという状況だった。このまま私が入国できなくなることは絶対にまずい。その時、私はかなり焦っていた。
 
実は、そのツアーに同行する10日前に、もうひとつの別の同じサファリツアーに同行し、一度日本に帰国したあとすぐにまたこのツアーの添乗員として同行していたのだった。
 
「2回連続でツアーに出ることは、予めわかっていたはずなのに、ビザ担当が2回目のビザを申請していなかったんだ」私は一瞬そう思ったのだが、そんなことを今は考えている場合ではない。それに、これは最終確認をしていなかった自分が悪かったのだ。忙しかったのは自分だけではない。みんなが忙しい時期だし、今はそんなことを考えても意味がない。
 
と、その時、私はポケットの中に20ドル札を入れていたことを思い出した。「あ! これだ!」そう思った私は、その20ドル札をポケットから取り出し、「これで、なんとかしてもらえませんか? プリーズ」と言って、その入国審査官にそのお金を渡した。
 
すると、その入国審査官は、右左とあたりを見渡し、入国審査場に誰もいないことを確認すると、ポンッ! と入国のスタンプを押して、私にパスポートを見せながら「スリーマンス(3ケ月)」と言ってニッコリと笑った。思いもよらず20ドルをもらえたことが、とても嬉しそうだった。
 
「あ〜、助かった」私は、大きなため息をつきながら、お客様が待っている到着ロビーへと向かった。
 
私がその時、とっさに20ドル札を渡すことを思いついたのには理由があった。その当時、ケニアでは最後に出国手続きを行う前に、搭乗者全員が一列に並んで手荷物の検査を受ける必要があった。一人一人のトランクを開けて、中を調べるので、20名以上の団体旅行となると、全員の検査が終わるまでにかなりの時間がかかっていた。そこで自分のグループには、その審査をせずにそのまま素通りさせてくれるよう、私は毎回グループの先頭に立って審査官にお願いしていたのだった。その時、毎回少しばかりのお金を渡すようにしていた。審査官と握手をするふりをしながら手の中で渡すことによって、周囲に気づかれないので、審査官にも迷惑がかからない。それによって、毎回、自分のお客様には荷物検査を行うことなく、そのまま通り過ぎて出国審査場に進むことができていたのだ。このことがあって、あの時、入国審査場ですぐに20ドルを渡すことを思いついたのだった。
 
これは、道徳上決して良いことではない。それはわかってはいたものの、お客様に対するサービスのつもりだったし、また、ケニアというお国柄から、こういうことはごく当たり前のように行われているとも聞いていたので、私は特に悪気はまったくなかった。
 
その2回目のツアーも無事に全日程を終了し、帰国する日となった。私は、空港でいつものようにグループの先頭に立った。そして、荷物検査の審査官が、「メディシン、メディシン(薬、薬)」と言ってくるのを待った。薬が欲しいと言ってくるのは、お金が欲しいという合図だったからだ。そこで、私はいつもと同じタイミングで彼の手を握り握手をした。すると、急に「ノー、メディシン。ノーノー(薬はいらない)」と言ってきたのだ。いつもと様子が違うのでおかしいなとは思ったのだが、とにかく渡さないとグループの人をサッと通してもらえない。だから、彼がお金をつかむまで私は彼の手を離さなかった。彼は最後には仕方なく私の手からケニアルピーを受け取った。
 
それからお客様に先に進んでいただき、私は一番最後に出国審査を済ませて、そのまま先へと進んでいった。周りが壁で囲まれ、他の人からは見ることができないスペースを通ろうとした、ちょうどその時だった。
 
「さっき、あなたは賄賂を渡しましたね」
 
一人の若い男性が、私の目の前に現れた。そして、胸ポケットから警察手帳を出し、私に見せた。
 
「私は、ナイロビ警察のものです。あなたはさっき荷物の検査官にお金を渡しましたね。私は見ていましたよ」
 
私は、驚いて何も言葉が出てこなかった。
 
「このまま、ナイロビ警察に来てもらうことになります」
「え?」
 
一瞬、また頭の中が真っ白になった。
 
さっき、荷物の検査官が「ノーメディシン、ノーノー」と言っていた時、私の後ろには、このナイロビ警察の刑事が立っていたのだ。
 
どうしよう? こんなところで捕まったら一体どうなるんだ?
 
私は、本当に顔面蒼白になった。目の前の彼はナイロビ警察の刑事で、今度ばかりはなすすべがない。
 
しかし、その若い刑事からでた次の言葉に、私はさらに唖然となった。
 
「このままナイロビ警察に行くか、あるいは、今ここで私に100ドルを渡すか、どちらかに決めなさい」
 
その時、私はたまたま100ドル札を持っていた。「次からは二度と同じことをしないように」と、その場で私からお金を受け取ったその刑事は、そう言いながら小走りでその場から去っていった。私はしばらくその場で震えが止まらなかった。
 
「これで良かったんだよな」私は、帰りの飛行機の中で、とても複雑な気持ちになった。あの時、100ドルを渡したから私には何も起こらなかった。だが、荷物の検査官はどうなったのだろう。あの刑事から罰せられたかも知れないし、刑事だけが両方からお金をもらったのかも知れない。そのお金は、もしかすると、普段の生活のために、家族のために必要なお金だったのかも知れない。
 
ただ、最後に思ったことは、すべては私が悪かったのだということだった。
最初から真面目にちゃんと列に並んで荷物検査を受けるようにしていたら、こんなことは起きなかったに違いない。それ以来、私は一切、同じようなことは繰り返さなくなった。
 
ケニアでのサファリツアーは、どの時もとても素晴らしかった。でも、私がケニアに行って本当に良かったことは、真面目に生きるということはとても大事なことだという、ごく当たり前のことを再確認できたことだったのである。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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