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一年の計は秋にあり


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記事:吉田けい(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
一年の計は、元旦ではなく秋にある。
 
次の一年をどんな風に過ごそうかと思いを巡らせ始めるのは、ハロウィンが終わり年末の気配が見え始めた頃だという人が多いのではないだろうか。年末を慌ただしく過ごして1月1日を迎え、新年の抱負を手帳に書きつけて、気分も新たに一年を過ごそうという心意気は素晴らしいと思う。だが、1月1日ではもう遅いのだ。
 
今の家に住み始めて一年経つか経たないかの頃、隣の家に越してきた人は、もとフラワーショップの店員だったそうだ。新築の家の周りに配置された流線的な花壇は、みるみるうちに色とりどりの花がこぼれるように咲き誇るようになった。とりわけネモフィラという青い花とノースボールという寒白菊の組み合わせはなんとも可憐で美しく、私は何度となくその花壇を眺めた。あまりに頻繁に眺めているものだから、庭の手入れに出てきた隣人と会話するようになるまでそれほどかからなかった。
 
「ネモフィラ、綺麗ですね」
「うまいこと増えてくれたね〜」
 
春の花が終わったと思いきや、庭のあちこちに絶妙な色合いの薔薇と紫陽花咲き始めた。花弁がフリルのように豪華な品種。ピンク色のグラデーションの重なりが控えめに綻んでいく品種。花弁が5枚で野性味あるオールドローズ。またしても毎日見惚れていると、手入れで剪定したという薔薇をブーケにしてプレゼントしてくれた。本数は30本ほど、マゼンタとオレンジのグラデーションと言えばいいのだろうか、花屋ではあまり見かけない色合いの薔薇たちがしっかりと束ねられている。しかもそのどれもが一番美しく開いている頃合いで、花自身が咲き誇る喜びを謳歌しているように見えた。ウェディングの仕事をしていた時に何度もブーケを見てきたはずだが、どれもこのブーケから溢れる鮮やかなエネルギーには敵いそうにもない。
 
摘みたての花で作ったブーケは、こんなにも瑞々しい生命力に溢れるものなのか。

「ここにじゃがいもを植えてみようと思って」
 
隣人は花だけでなく野菜も手がけていた。裏庭を丁寧に開墾して、じゃがいも、トマト、きゅうり、なす、すいか、かぼちゃなど、実に色々な野菜を育てていた。野菜が実ってきたなと思ったら、次はコスモスやホオズキだ。他にも私が知らない花がたくさん咲いていた。冬は何もないのかと思いきや、クリスマスローズやポインセチアなどがしっかり配置され、一年中楽しませてくれる美しい庭に、私はすっかり魅了されてしまった。
 
私の庭も、あんなふうにしてみたい!
 
隣人は、草ぼうぼうの庭を持て余していた私に快くガーデニングの手解きをしてくれた。雑草をむしり、土を耕し、肥料や石灰で土壌を作る。初めは花屋でその時に咲いている花を買うが、それだけでは隣家のような多様な花が重なり合う美しさにはならない。植えてある品種を教えてもらい、苗を探し、種を探し、インターネットなどでやっとの思いで手に入れる。年末の慌ただしさを乗り越えた正月、新年の計画とばかりにあれこれ調べていた私は、当てが外れてガックリと項垂れた。
 
「ネモフィラ、秋のうちに蒔かないといけないのか……」
 
朝顔や向日葵のように、蒔いて1ヶ月ほどで咲く花ばかりではないのだ。ネモフィラな秋のうちに蒔き、越冬して花を咲かせるか、春に蒔いて来年の春に咲くのを待つかだそうだ。あるいは苗を買ってきて植え付けるか。隣家のように一面咲き乱れるネモフィラの青さを堪能するなら、苗より種なのは間違いない。
 
ネモフィラ以外にも、春から夏にかけて咲く植物の多くが秋から冬にかけて仕込みが必要なのだと、庭いじりをするようになって初めて知った。庭を美しくするには、花が咲くまでに必要な時間を逆算した時期に種やら苗やらを植え付ける。花の彩りを、広がりと重なりをイメージして、それが実現する日を楽しみに待ち続けるのだ。春の花の植え付けなら秋。夏の作物なら冬から春先。おおよそ半年先を見据えて準備をして行くことになる。多くのガーデナーは、夏が終わり花の賑わいがひと段落する秋頃に、来年の花壇の計画を立てるらしい。
 
新年に花壇を美しくしようと決意するのでは、春に咲く花の種を蒔くのはもう遅すぎるのだ。
 
「…………」
 
ガーデニングとは、今日や明日のタスクリストにチェックを入れて行くようには行かない。一週間や一ヶ月ではない、季節や気温の移ろいを頼りに計画を立てていく。今この瞬間に咲く花は、半年前、一年前の自分の行動の成果なのだ。日々のタスクさえ満足に終えられない私には、到底太刀打ちできない代物なのではないか。
 
「……やるだけやってみよう」
 
新年なのだから、初めから諦めなくても良いではないか。
 
できる範囲でやってみる代償に、新年の目標は早々にして来年の庭を美しくすることになった。一年間草取りをして、土を耕し、種と苗を仕入れて世話をする。肥料に虫取り、間引きに剪定。ガーデニングはやればやるほどやることが増えていく。どれも地味な庭での地味な作業だったが、未来を思い描くとそれほど苦痛ではなかった。春が過ぎ夏が過ぎ、金木犀がたくさん香るようになった頃、私はいよいよ次の春の花壇の準備に取り掛かった。花壇にするエリアを決めて、何の花を植えるのか選ぶ。土を耕して肥料を入れて、種を蒔いて、球根を植えて、苗を植える。気がつけばあっという間に冬になって、春が来ていた。私の庭は、隣人ほどではないけれども、私好みの可愛らしい庭に生まれ変わったのだ。その花を眺めながら、来年は何を植えようかな、と想像を巡らせる。常に今よりも未来を想像する、それがガーデニングの醍醐味なのだ。
 
「…………」
 
私は自分の手帳にふと目をやった。手帳が大好きで毎年秋頃から入念に選び抜いたお気に入りの一冊だ。手帳を選ぶ時は、来年こそいろいろなことにチャレンジする年にしようと意気込んでいるはずなのだが、年末の忙しさに追われているうちに意気込みが消え、正月気分でのんびりしているうちに冬が終わる。その頃には一年がどうこうという概念も消えてなくなって、後は適当に過ごしてばかり、また次の年の手帳を買う……もう何年もそんなサイクルで生きて来ている。
 
もしかして、未来を見据えるのはガーデニングだけではないのではないか。来年を良い年にするために、秋のうちから種を蒔いておくべきことがあるのではないか。
 
一年の計は、庭も己も秋にあるのかもしれない。
 
「……やるだけやってみよう」
 
私にとっての新年は、この金木犀の香りのする季節なのかもしれない。そんなことを考えながら、今日のタスクの消化に取り組むのだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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