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ありがとう、お母さん


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:那須信寬(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「え? アニキ? マジかよ~ 繋がったじゃん! 電話新しくしてないよね? やっぱり! はい、騙された〜」
弟からの電話に出ると、質問と叫びが繰り返された。僕はなんのことかわからず、呆然としていた。電話が母に代わった。
「ノブヒロ? 一昨日電話したわよね? あなた株で失敗したんじゃないの? うっそ〜  本当に? あの電話、あなたじゃないの?」
 
母からも質問攻めにされる。僕は本当になんのことか分からなかった。株などやったこともない。電話も一年くらいしていなかった。
 
電話の遠くから父親がイライラしながら叫んでいた。
「だから言ったじゃないか!」
 
僕の家族に一体何が起こったのか? とりあえず、一番冷静に話ができそうな弟に代わってもらった。
 
僕「どういうこと? なんにもわからないんだけど?」
弟「一昨日、お母さんに知らない番号から電話がきたんだって。それで、出たらノブヒロだって名乗って。番号が違うって言ったら、ケータイ無くしたから番号変わったって。しかも、アニキと声が違ったんだって。それを言ったら、風邪気味で喉が痛いって」
僕「オレオレ詐欺ってこと?」
弟「そうそう。株で失敗して、大変なことになったから至急300万送ってくれって。しかもレターパックで。もう典型的な詐欺じゃん!」
僕「それで、送ったの?」
弟「昨日、送ったんだって。いや〜信じらんないよね?」
僕「300万なんてあったの?」
弟「親戚に借りたんだって」
僕「警察には連絡したの?」
弟「今からする。まずはアニキに確認しないとさ。じゃあまた」
 
次の日、弟からまた電話があった。
弟「警察に電話したんだけどさ、お金は戻って来ないだろうって」
僕「そういう話、よく聞くもんね。まさか自分の母親が引っかかるとは思ってなかったけどさ」
弟「だよね。びっくりだよ。それでさ、お母さんからのお願いでさ、親戚には言いにくいから、アニキから親戚にお礼の電話してくれないかって」
僕「はっ? 正直に母親から言えば良いじゃん!」
弟「まぁ、そこんところはいろいろあるんじゃないの? まぁ、電話するだけなんだし、頼むよ。よろしく」
 
そう言って電話は切られた。
なんで僕が借りてもいないお金のお礼をしなきゃいけないんだ。電話はしなかった。
 
それから毎日、弟からメールが届くようになった。
「電話してくれた?」「親戚はアニキのためにお金を出してくれたんだし」「なるべく早いほうが良いって。よろしく」
 
流石に根負けして、今回は弟の顔を立てるか。
 
そう思って親戚に電話をした。親戚には気にしなくて良いよ、と言ってもらいほっとした。ただ、なんで僕がこんな電話をしなきゃいけないんだって気持ちも残った。
 
弟にメールで報告すると、電話が来た。
「じゃあ、お母さんにもお礼を言いなよ」
てっきり電話してくれてありがとうっていう話になると思ったら、突然、意味不明なことを言ってきた。当然断ると、
「だって、アニキのために頑張って300万作ったんだぜ。すげーじゃん。結局騙されてたんだけどさ」
 
なぜ、僕が母にお礼を言わなければいけないんだ。意味がわからない。1円ももらってないんだぞ!
「そんなもん知るか!」
と言って電話を切った。
 
僕は母のことが大好きだった。父はかっこよくて、頭がよくて、とても尊敬している。でもちょっとだけ近寄りがたい雰囲気もあって。
 
それとは対照的に親しみやすくて明るい母のことは小さいときから大好きだった。でもちょっとだけ感情的になりやすく、大人になって論理的で頭でっかちになってきた僕とは、よく言い争いをしていた。僕が実家を出て一人暮らしを始めた頃、母と些細な言い争いが発展して、絶縁状態になっていた。
 
そんな中で起きた今回の事件だった。僕と母との溝は一層深まってしまった。
 
母とは疎遠になってしまったが、父とは年に数回飲みに行っていた。
 
そんな父とも2年ほど会えなかったが、先日、久々に会うことになった。
 
実家の近くのレストランで待ち合わせをしていたら、母も一緒だった。
「久しぶり〜 私も来ちゃった」
明るく振る舞う母に恥ずかしさもあったが、来てくれたことをとても嬉しく思えた。
 
3人で明るく談笑した。今まで、母との溝を感じていたのが嘘みたいだった。
 
楽しく食事をした帰り道で、父の様子がおかしくなった。歩くのが遅くなり、話しかけても返事がない。よく見ると汗が大量に吹き出ている。すると、そのまま地面に倒れてしまった。幸い外傷はなかったが、呼びかけても返事がない。二人がパニックになっているときに一人の男性が駆け寄った。
 
「医療従事者です。脈を取ります! お名前は?」
僕は慌てて答えた。
「那須です!」
「なすさーん! 聞こえますかー? 目を開きますよー!」ライトを取り出して目を確認する。
「瞳孔は動いてます。脈もありますが意識レベルが低いです。救急車を呼びましょう! ご家族の方ですか?」
「はい! 息子です!」
「電話をお願いします。意識レベルは200と伝えてください」
 
僕はスマートフォンを取り出して119番にかけた。5分ほど経っただろうか。父の意識が戻ってきた。
「あぁ、びっくりした。いや〜もう大丈夫です。ありがとうございました」
 
その後、救急車が到着した。父はもう大丈夫だと言って乗るのを拒んだが、念の為だと説得してなんとか乗せた。助けてくれた男性にお礼を言ったら、
「お気になさらず、お父さんを見守ってあげてください」
なんてカッコイイんだろう。もう会うことはないかもしれませんが、この御恩は一生忘れません。
 
病院の待合室で母と二人になった。思えば母と二人で話すのは何年ぶりだろうか。
「今日はありがとう。今まで、あなたにいろいろきつく言っちゃてごめんなさいね」
母が突然謝ってきた。
「いや、僕の方こそ、なんでも反発しちゃってごめん」
自然と出てきた言葉だった。思い返すと、母との言い争いは、思春期をこじらせた僕のわがままに母が全力でぶつかってきていただけだった。母はずっとたくさんの愛と優しさで僕を育てくれたのに、すっかりそれを忘れていた。
 
僕はあのとき、弟に言われたことを思い出した。
「あのさ、ずっと前の詐欺事件あったじゃん。あのとき僕のためにお金を作ってくれてありがとう」
「あーあのときね。もう、あなたのピンチだと思ったら慌てちゃってね。すっかり騙されちゃった。でも、これからもピンチになったらいつでも言ってね。必ず力になるから」
 
僕はあのとき、なんて子供だったのだろう……
 
待合室に弟が入ってきた。
 
「父さん、大丈夫?」
「うん、いきなり倒れたけど、すぐに意識は戻ったからね。今は念のため検査中」
「良かった〜」
 
あのとき、お母さんにお礼を言えって言われて、断ったけど、やっと言えたぜ。
 
恥ずかしくて口には出せなかったけど、弟と目が合うと気持ちが通じた気がした。
 
仲直りしたんだね。
 
弟の目はそう言っていた気がする。
 
次の日、父から電話があった。軽い脱水症状だったようだ。次からお酒を飲むときは必ず水を飲むようにお医者さんから言われたようだ。
「昨日はすまなかった。ありがとう」
 
「気にしなくて良いよ、困ったときはお互い様でしょ」
 
だって二人には数えられないくらい助けられてきたんだからさ。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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