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おもてなしスイッチをONにするスープ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大村沙織(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
目の前が真っ白になった。
鍋からもくもくと上がる湯気で、メガネのレンズが曇ってしまったのだ。
同時に出汁の優しい香りが鼻をくすぐる。
ねぎの緑に表面を香ばしく焦がした鶏肉の茶色。
鍋の真ん中に浮かぶ卵のほのかな黄色みが目に優しい。
白身の薄い膜に包まれた黄身は雲に隠れる満月のように見えなくもない。
できたてのスープをお椀によそい、火傷に注意しながら一口すすった。
旨味と温かさが口に広がり、朝の冷たい空気で固くなった体が緩んでいく。
お椀を包む両手からも熱が伝わり、平日の疲れがしゅるしゅるとほどけていく。
土曜日の朝スープはいい。
ゆっくり飲むことで、このスープの思い出を噛み締められるから。
そして誰かに料理を作りたくなる欲が湧いてくるから。
 
そのスープと私を引き合わせてくれたのは祖父だった。
実家と同じ県内にある母方の祖父母の家。
今では祖母が一人で暮らしているが、10年程前までは祖父母が満面の微笑と共に出迎えてくれて、ご飯やおやつをごちそうしてくれた。
祖母は昔から話好きで、今でも祖母宅での庭仕事などの途中にも話が止まらず、閉口することもしばしばだ。
祖母のおしゃべりが感情的なものだったのに対して、祖父は話好きでも理論的に話す人だった。
とりとめもない祖母の悩みを聞いて、アドバイスを理路整然と返答する祖父が印象に残っている。
祖母も「おじいちゃんがそう言うのなら」と全幅の信頼を置いていた。
遺品の中から見つかった毎日の株式投資の記録をつけたノートも細かい字でびっしりと書かれており、几帳面な性格もうかがえた。
今思うと、そんな祖父だから料理が得意だというのは感覚的に理解できるような気がする。
祖母が私達と話している横で黙々と料理をして、ご飯をふるまうのは祖父の役割だった。
祖母が「手伝おうとすると『良いから座ってて』と言われて台所に立たせてもらえない」と言うほど、祖父の仕事は徹底していた。
確かに祖母と祖父が台所で並んでいるところを私は見たことがない。
祖父が作ってくれた料理でよく覚えているのが、鶏肉とねぎと卵のスープだ。
くたっとしたねぎは青いところもたっぷり入っていて、鶏肉は歯が丈夫ではなかった祖父も食べれるように細かく刻んである。
卵も同じ理由でほどよく半熟になっており、崩れて流れ出た黄身が出汁にまろやかさをプラスする。
年季の入った小鍋で作るそのスープが私は大好きで、卵を追加しておかわりするのが定番だった。
私の「おかわり!」の声に、祖父がおどけたように「かしこまりました」と返してくれるのも楽しかった。
子供心に早く食べて次にいきたい気持ちと、お椀の中身がなくなってしまうのが惜しい気持ちがごちゃまぜになり、どうしたものか本気で悩んだ覚えがある。
そんな複雑な心を知ってか知らずか、穏やかに笑いながら「また作ってあげるね」と言ってくれるのが嬉しかった。
今とても後悔しているのは、そのスープの作り方を聞かなかったことだ。
前述の通り祖父は台所に誰も立たせない人だったので、彼が料理をしている姿を記憶している人は少ない。
当然私があれだけ喜んで食べていたスープのレシピも残っていない。
いくら似たようなものを作ってもそれは「なんちゃって」でしかなく、厳密に私が食べたあの味を再現することはもうできないのだ。
あんなに好きだったスープなのに、「紛い物」しか作れないことが悲しく、祖父にレシピを聞いておかなかった自分が情けなく思えてくる。
 
ただ祖父とのそのスープを通して過ごした時間や思い出は決して偽物ではなく、私の中にしっかりと残っている。
自分が作った料理が誰かの自分と過ごした思い出を彩ってくれる。
その料理をどこかで見る度に「あの人も作ってくれたなあ」と懐かしい人を思い出すことができる。
自分にもそんな一品ができたら良いのにと、祖父の思い出のスープを作る度に思ってしまう。
スープを食べた私が祖父を思い出すように、料理を食べた人の中に自分という存在が残ることになるから。
だから私は何かと機会を見つけては、両親や知人に手料理をふるまうようにしている。
その料理が「おいしい」と喜ばれて、食べた人の中で自分としっかり紐づくように。
料理と結びついた記憶で、自分のことが想起されるように。
そうすることで、その人の中で自分が生き続けられるように。
祖父の鶏肉とねぎと卵のスープは、私のおもてなしスイッチになっているのだ。
まだ料理歴は浅くて定番メニューと言えるものはないが、これからもスイッチを定期的に押して、大切な人達に手料理をごちそうしていきたいと思う。
自分の生きた証を彼らの中に残していくために。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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