メディアグランプリ

それでも生きるということ


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記事:歩く保健人(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
北国の10月中旬といえば、紅葉も枯れはじめ、朝晩の北風は氷水に手を突っ込んだかのような痛みを覚えさせる季節だ。
 
私は行政機関に勤めるパラメディカル(医師・歯科医師以外の医療職)である。
公務員として行うべき事務仕事のほかに、病気を抱えて生きる住民さんの支援を託されている。
 
時刻は18時30分過ぎ、どことなく疲れた雰囲気が漂う事務室で、私はタイピングの手を止め、それまで睨むように見つめていたパソコンの画面から、ふと顔を離してみた。
そこには疾患名、現在の病状、家族のこと、支援者に向けて語られた心情が、赤裸々に連ねられていた。
ひとつため息を吐いて、A4用紙1枚に収まった「その人の人生の一部」を印刷する。同僚・上司に一通り読んでもらい、それぞれの決裁印をもらい終わったら、パンチで穴をあけてバインダーに閉じる。バインダーが、紙1枚分厚くなった。
 
医療職は、支援した人についての記録を必ず残すように教育される。
医療の世界もICT化が進み、電子カルテがほぼ当たり前になり、記録を紙でも残す風習が残っているのは、行政機関を残すのみになってきた。
 
ペーパーレスが盛んに叫ばれている中でも、行政の医療職が記録を紙で残しておくのには、明確な理由がある。災害対策だ。
 
病を抱えながら地域で生きる住民の中には、災害後に医療に繋ぐことができないと生命に関わったり、避難が難しく安否の確認が難しくなってしまう人々が一定数いる。
そこで、災害でパソコンが使えなくなったとしても、すぐに安否確認や医療的支援が行えるように、支援を必要とする住民一人ひとりの紙台帳を作るのだ。
 
このように紙の台帳を作っていると、日に日に台帳が厚くなっていく様子が目に見える。今年に入って支援を始めた人の台帳は片手の人差し指と中指で挟んで持てるくらい軽い。その反対、初めての支援から10年以上経つ住民の台帳は、1冊目では収まりきらず2冊目に達し、小学校の卒業アルバムくらいの重さに達している物もある。
 
過去の支援記録のページをめくるたび、「私がこの部署にいなかったときから、この人は病とともに、長い人生を生きてきたのだな‥‥‥」と感じずにはいられなかった。紙の上に文字として落としてしまえば、1か月分の記録など、多くてもA4用紙裏表3~5枚くらいには収まってしまうのに。
読書家の中には、「電子書籍よりも、紙の書籍の方が、手触りも相まって読んでいる感覚がある」という意見がある。もしかしたらそれに近いのかもしれない。
 
かつて、読書好きの父は、「小説をとにかく読みなさい。主人公や登場人物の数だけ、人生を追体験できる。」と私に教えてくれた。私も、最初は支援記録を読むことで、住民さんがこれまで生きてきた人生や、病と共に生きてきた苦しさを少しでも追体験し、自身がこれから行おうとする支援に還元しなければならない、そう思っていた。
 
だが、違った。「追体験」なんて安易な事を考えた自分が愚かだった。
病気であると分かった経緯、それまでの人生、そして病気を抱えてからの人生、時には家族との軋轢、周囲からの偏見や不当な仕打ちに対する怒り。そして、現状を変えたくても変えることができない苦しみ。
 
きっと、私の前任も、そのまた前任も、病を抱える本人や家族の語りを全身に受け止めながら、パソコンに向かい、それらを文字として形に残しながら今まで時を紡いできたのだ。そしてその支援記録は、本人と家族が、病に苦しみながらもなお、「それでも生きてきた」証として、多くの支援者の手を介して、そして今、この私の手元にあったのだ。
 
次は自分の番だ。どうにもならない苦しみや痛みを抱えながら生きる人々の声を、全身で受け止める番なのだ。たとえ自分がその病を治療できなくても、その苦しみをともに分かち合いながら、「それでも生きていく」という道を選び続けてきた人々の人生が、少しでも健やかになるように支えていく番なのだ。
 
翌日。
私は顔もまだ合わせたことのない本人、そして家族のもとに電話を掛ける。
「もしもし、初めまして‥‥‥、ええ、そうなんです。実は今月から担当が変わりましたので、ご挨拶をと思いまして」
 
この電話からすべては始まる。手元には、分厚いバインダー。受話器を持つ私の左手が少し震えているのを感じる。
私は支援者ではあるが、きっとその人のこれまでの人生の歴史、そして苦しみになど、1ミリたりとも迫れていないのだろう。病の苦しみを抱えてでも、それでも生きていきたいと願う人々が、少しでも健やかに過ごせるように。
 
「私が直接解決できることは少ないかもしれません。ですが、少しでも健やかに暮らすことができるためにできることを、一緒に考えさせてください」
 
受話器を置く。どうやら私の来訪を受け入れてくれるようだ。
私はパソコンに向かい、電話でのやり取りを記録し、こう締めくくった。
 
『〇月▽日、◇時~/家庭訪問予定』
 
この言葉の下に、またその人の人生が紡がれていく。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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