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珍味亭の思い出


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記事:後藤大(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
懐かしい味がある。
大学時代に通った中華料理屋だ。
僕は上石神井という駅に住んでいて、自炊する気分にならない時は、いつもその中華料理屋に行っていた。
そのお店は、「珍味亭」という。
今はもうない。
夫婦二人で切り盛りしていた。
もともとは台湾の人で、ご主人は、高級中華料理店の料理長をしていたのを辞めて、お店を開いた。
客が僕一人しかいないときには、日本人は定年の60歳まで働くが、そんな年になるまで働いたら、その後何もできないよ、と力説していた。
お店に入ると、だいたい、その日に食べるべきメニューが決められる。
「今日おまかせいいよ、牛バラ、おいしいよ」という具合なので、じゃあ、それで、とお願いすることになる。
冷水機には、ウーロン茶が入っていて、飲み放題だった。これは昼間に夫婦で飲んだものの出がらしを煮出したもので、美味しいウーロン茶は、出がらしまで美味しいんだな、と思った。
ご主人の奥さんは、立ち仕事なので、飲んでいるウーロン茶にきゅうりの皮をむいたものを入れていた。利尿作用でむくみがとれるという。医食同源。
休日に、彼女と二人で食事に行くと、それにチンタオビールと、焼き餃子を追加する。この焼き餃子がとても美味しい。毎日包んでいるわけではなくて、作りたての日の餃子が一番美味しく、その翌日以降は、しばらく冷凍した餃子が出てくる。なので、作りたての、香り立つ餃子に当たった日は、とても幸せな気分になる餃子だった。
たまにぜいたくをする日は、空心菜の炒め物を追加する。空心菜、という野菜を知ったのもこの店だった。お店の空心菜は、毎朝、夫婦が自分たちで育てている菜園から収穫してきたものだった。
焼きビーフンの味を覚えたのもこの店だ。
待てよ。
他の店で焼きビーフンを頼んだことがないな。
チャーシューも、本格的な中華のチャーシューなので、チャーシュー麺も美味しかった。ちょっとした白菜に、山椒の実をまぜた漬物も、酸味と辛みのバランスが絶妙で美味しかった。
たまにサービスで、鶏の脚の先を出してもらうことがあった。骨の周りは、ゼラチン質が豊富で、台湾では人気の料理だと言っていた。台湾では、午前中に売り切れてしまうものだそうだ。そういう時は、たいてい客は僕一人なので、ご主人がテレビを見て、奥さんと僕が、別々の席で、ひたすら鶏の脚をしゃぶる、という不思議な時間が流れていた。
冬の寒さが厳しくなると、眺めの休みをとって、台湾に帰る。
そしてまた寒さが和らぐ頃に、日本に戻ってくる。
珍味亭が長期休みに入ると、外食するということが、味気なくなってしまう。
そんなお店だった。
 
そんな珍味亭が閉店するという。
ビルの老朽化で、地震をきっかけに、水が漏れるようになったのが原因だった。
いつもどおり、彼女とランチを食べに行ったところで、その閉店の話を聞いた。
とても残念だ、二度とおじさんの美味しい餃子が食べられないなんて、と言ったところ、作り方を教えてくれるという。
彼女と二人で、厨房の奥に案内されて、餃子のレシピを教えてくれた。
今みたいにスマートフォンもない時代だったし、突然のことだったので、メモの用意もない。
必死に覚えて、食事をして、家に帰ってから、彼女と確認しながら、慌ててメモに書き写した。
その当時の彼女と結婚したので、それが今の我が家の餃子のレシピである。
 
帰り際に、使い込まれた中華鍋をもらった。
いまだに家においてあるが、本格的な中華鍋なので、家庭用のコンロでの使用に向かないのが難点だ。
 
それから十年以上が過ぎて、世の中はスマートフォンとSNS全盛の時代になった。
ある日、ふと珍味亭を検索してみた。
東村山に同じ名前の店がいつの間にか開店していた。
同じご主人がやっているのだろうか。
ご夫婦が、住んでいたのは、たしか東村山だった。
テンションが上がる。
駅から少し離れた不便そう場所にあるらしい。
でも、それほど多くの情報があがっているわけではない。
そのうち、閉店したという投稿が見つかる。
同じご主人の店なら、長期休みで台湾に帰っているだけかもしれない。
開店の情報を探す。
それでも見当たらない。
もっと早く検索していれば、と後悔がないわけではない。
大学の時から通っていたあの店に、子どもたちを一緒に連れて行きたい、と思わないでもない。
でも、きっとおじちゃんは、いいよいいよ、餃子美味しいよ、作って食べてよ、と言って、記憶の中のとおりに、今でも笑っている気がする。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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