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人生に必要なことはすべて穴子料理屋で学んだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:後藤大郎(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
四谷三丁目の駅から、外苑東通りを曙橋方面に歩く。
杉大門通りを過ぎて、車力門通りのあたりで路地裏に入る。
気が向けば、新宿通りから、杉大門通りに入って、柳新道通りのあたりの花街の頃の面影を残す町並みを楽しみながら向かう。
そんな場所に、アルバイト先の穴子料理専門店があった。
今はもうない。
高校時代の友人から、アルバイト先が人手を探していると言われたことがきっかけだった。ちょうどコンビニエンスストアの深夜勤のアルバイトを辞めた頃で、そこから大学生活最後の期間を、その店で過ごした。
そのお店の店主のことを、おやっさんと呼んでいた。
わずかばかりのカウンター席と、テーブルが4卓16席ばかりのお店で、おやっさんが調理を、僕がホールを担当していた。
おやっさんは、東西を二分する東の料亭の、先代さんの最後のお弟子さんで、茶懐石からふぐの調理まで(ふぐの調理には、専門の免許がいる)、なんでもできる人だった。
最初に穴子の肝を煮たものを含めた先附が出て、穴子の薄造りと季節の刺身、穴子の頭と中骨を煮出したスープの小鍋、穴子の揚げ物、白焼、そして穴子の蒲焼きのご飯が出て、最後にデザートというのが、スタンダードなコースだった。
寒くなれば、スッポンや、ふぐ鍋が出ることもあった。
それまでの生活では、決して接することのない社会的な地位のあるお客様から、いろんなことを教えていただいた。なにより、超一流の職人である、おやっさんから教わったことが多い。何を隠そう(隠していない)、おやっさんは、人生の師匠だ。
お客様が、ある日、ふぐ鍋を食べた後、最後の締めの雑炊を残されている。そして、僕に耳打ちをする。これ、食べて、味を覚えなさい。僕は、単なるアルバイトで、料理人になるわけではなかったけれど、そうやって、僕を店に合うように育ててくれようとしたことは一生忘れられない。
ちなみに、そのお店では、働き始めてしばらくした頃に、一通り、コース料理を食べさせてもらったし、店で出しているお酒も一通り、飲ませてもらった。お客様から、どんな味かと聞かれても、答えられるようになるためにという、おやっさんの心遣いだった。
おかげで、今でも、長野県の宮坂酒造の真澄は好きなお酒だ(基本予約のお客さんばかりだったので、お客さんが来ない日は、1時間ぐらい過ぎると、店を閉めることにして、一本つけて、という言葉で、燗にしていたという理由もあるけれど)。
しかも、賄いがとても美味しい。
例えば、秋。
秋刀魚が好きだと言えば、秋刀魚を焼いてくれる(焼き魚が好きだと言っていたので、店の炭火で魚をよく焼いてもらっていた)。
あ、あと、おやっさんの揚げてくれる牡蠣フライは、とても美味しい。
揚げる前に、どうやって、駄目になっている牡蠣を見分けるかも教えてもらったし、包丁の使い方、出汁の引き方、気難しそうなお客様に、どう接するべきかとかも教えてもらった。
ブロッコリーはフライが美味しい、というのも、おやっさんに教えてもらったことだ(これは、十数年の時を経て、串揚げ屋の新メニューの相談をされた時に、採用された)。基本的なところでは、おにぎりの握り方も教えてもらった。
僕が好きなデザートは、グレープフルーツのゼリーだったけれど、食後のデザートについても、なにかこれ、という一品があれば、お客さんが来てくれるという話を聞いて、自分が、なにかこれというものをどう身につけたらいいのか、考えたこともあった。
おやっさんが、若い頃に、どんなことを考えて修行したのかという話を聞くのも、我が身を振り返るとても良い機会だった。器の勉強もしたし、忙しい修業時代の仕事の合間を縫って、歌舞伎座の幕見席に行って、歌舞伎を、その色彩感覚を学んだり、といった料理だけではなく、日本の文化や器も含めての学ぶということに対する執念みたいなものは、その頃の僕にとっては、話を聞くだけで、とても背筋が伸びるものだった。
というのも、その頃の僕は、大学も4年になりながら、何にもなりたいし、何かになりたいという、矛盾した気持ちを抱えて、悶々とした日々を過ごしていたからで、でも、おやっさんは、努力が実を結ばなくても、決して無駄にはならない、と何度も言ってくれたし、僕が何かできることがあると信じてくれていた。最後には、いざとなれば、店で修行して料理人になればいい、とまで言ってくれた(と思う。はっきり覚えていないのが切ない)。
田舎から出てきて、東京の片隅にいるアルバイトに、超一流の職人が、そんな励ましをしてくれることがあるだろうか。だから、その頃まであまのじゃくだった僕が、誰かの信頼を、ストレートに受け止められるようになったとすれば、それはおやっさんの言葉のおかげだ。
僕とおやっさんは、外見上は、眼鏡をかけているという共通点ぐらいしかなったけれど、お客さんから、「お二人は親子なんですか?」と聞かれることがあった。
ある日、ふと、おやっさんから、いえ、人生の師匠です、と言われて、なるほど、たしかにそうだな、と思った。
それ以来、おやっさんが人生の師匠である。
 
……それから、それなりに長い月日が過ぎた。
当時のおやっさんぐらいの年齢になったと思う。
自分は、当時の自分に、同じぐらいの影響を与えられるだろうかと、自分を振り返る
そうすると、背筋が伸びる。
そのお店は、おやっさんが体を壊したことで、閉店してしまった。
それでも、僕の心の中には、いつもあの四谷三丁目のお店があって、階段を降りて、のれんをくぐった先に、おやっさんが待っていて、時になにもかもがうまくいかない時にも、努力は決して無駄にならないと、励ましてくれる。
だから、こうして日々を生きることができる。
だから、僕の人生に必要なことは、すべて穴子料理屋で学んだ。
 
 
 
 
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2021-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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