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大好きな先生が教えてくれた人生について


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:izumi(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「メールで連絡がきている。見た?」
同僚が電話口で、深刻な声で話す。
電話口から伝わる、重い雰囲気。
同僚の泣きそうな声のトーンを、聞くのは初めてだった。
かすかに、声が震えているように、聞こえた。
メールの内容を見なくても、声のトーンや話し方で、何が起こったか、一瞬にして理解出来た。
私たちの大好きな先生が、62才で亡くなったのだ。
 
私は、会社のフラワーアレンジメント部に所属している。
先生が会社に来てくれ、レッスンを受けていた。
フラワーアレンジメントとは、器に水分を含んだスポンジを入れて、花や葉をさして作品を作るものだ。
季節の花を束ねて、花束を作る時もある。
たとえば、春はバラやかすみ草、夏はひまわり、秋はコスモス、冬はパンジー。
季節の花を使って、アレンジを楽しむ。
 
フラワーアレンジメントの魅力はいろいろある。
お花に触れて、香りを楽しみ、完成された形をイメージしながら作品を作る。
いつのまにか、一人の世界に入り無心になれる。
作業を始めると一瞬にして、作品をつくることに没頭してしまう。
黙々とした作業が、私にあっていると感じている。
 
数年続けているが、先生は何人も入れ替わった。
人に個性があるように、先生の作品に個性があり、レッスン内容も違う。
亡くなった先生のレッスンが、大好きだった。
おしゃれで、簡単に作れて、豪華に見える。
先生が私たちのために、会社で簡単に出来るレッスンを考えてくれていた。
 
 
先生との世間話しや、62才の年齢を感じさせないおしゃれな服装が好きだった。
年齢に関係なく、着たい服を着ていたのだろう。
センスがよく、服や小物がどこで買えるか、教えてもらう時もあった。
ショートボブの髪形に、ヘアーバンドをしていて、見た目は60代に全く見えない。
 
先生は、中国にも生徒がいて、レッスンのために、日本と中国を飛び回っていた。
たこ焼き屋を数店舗経営していると聞い時には、驚いた。
たこ焼き屋でオーダーを取っている姿をみた事もある。
フラワーアレンジメントとたこ焼き屋、いつも忙しく、休んでいる時はなかったように思う。
小柄な体のどこからパワーが出てくるのか不思議で、そんな先生と話すと私までパワフルになったような気がした。
 
先生がレッスンを休むことが続き、お弟子さんがレッスンする日が続いていた。
先生から「がんが見つかって、治療することになったの」
といつもと同じ笑顔で話していたのを聞いた時、何て返事をしたらいいのか分からなかった。
 
私は先生と特別な思い出がある。
それは、一緒にフランスにフラワーアレンジメント研修に行った思い出だ。
何年もレッスンを受け、簡単な作品は作れるようになり、レベルアップしたレッスンを受けてみたいと思っていた時だった。
「フランスでレッスンを受けられます。興味がある人は行きませんか?」という魅力的な提案をしてくれたのだ。
 
私たちは、フランスという響きや、海外に行けるということにテンションが上がった。
「こんなチャンスもうないかも」と参加を決意した。
だが、会社から参加したのは私だけで、他のメンバーは先生のお弟子さんだった。
参加メンバーは、お花に関するプロ達。
ウェディングのアレンジを仕事にしている人。
おしゃれな花屋さんに勤めている人。
海外で、フラワーアレンジメントの資格を取った人。
趣味で習っている私は、場違い感があり、飛行機の中で不安になった。
「こんなすごいメンバーの中で、参加して大丈夫だろうか……」
 
フランスでは、大量な花を使ってのレッスンで、悪戦苦闘した。
私たちが作った作品を見て、フランス人の先生がアドバイスをくれる。
海外でレッスンを受けた経験がない私は、緊張して心臓が飛び出るかと思った。
いつも会社でしている簡単なレッスンとは、全く違っていたのだ。
花の量や種類が多く、それらを自分で選んで、大きな花瓶にいけていく。
「何とか作品を仕上げないと、きた意味がなくなる」とプレッシャーを感じる反面、未知の体験に、ワクワクしていた。
 
出来上がった作品は、プロと比べると、お世辞にもうまいとはいえない。
「なんて場違いな場所にいるのか。周りはプロだからうまくできるのが当たり前だが、自分の作品が恥ずかしい」と穴があったら入りたい気持ちだった。
 
恥ずかしいと思っていたのは私だけで、先生はあたたかい目で包み込んでくれていた。
「先生が、頑張ってたねぇと褒めてたよ」と一緒に参加した人から聞いた時には、ホッとした。
参加してよかったと思えた。
フランスに行き、フラワーアレンジメントをした貴重な体験は、忘れられない。
先生が連れて行ってくれたから、できたのだ。
プロでない私は、今後フランスでアレンジする機会はないだろう。
 
フランスで、フラワーアレンジメントをする無謀なチャレンジを体験させてくれた先生に恩を感じていた。
そんな大好きな先生が、亡くなってしまった。
一度も入院先にお見舞いに行けないまま。
先生は抗がん剤治療で、入退院を繰り返して、治療が終わればレッスンに来てくれていた。
その度に、いつも通りの先生に戻っているように見えた。
今回も、先生は戻ってきてくれると思い込んでいた。
 
私は病院にお見舞いに行かなかった事に対して、自分を責め続けた。
お世話になっていたのに、お礼が出来ていたのだろうか?
入院しているのに、お見舞いに来ない私を、薄情な人だと思っていたのではないか。
先生自身も、また戻ってくると思ってたのかもしれないと思うようにした時もあった。
そのたびに、私は人の苦しみや、痛みが分からない人間なのではないか。
病気の苦しみを、わかってあげられなかったのではないか。
自分を責める考えばかりだった。
日常生活で、ふとした時に、先生が思い浮かび、泣きそうになる。
 
会いに行かなかった、自分を責めることばかりの日々。
そんな時ふと見た、LINEのタイムラインの投稿を見た時に驚いた。
それは、亡くなったはずの先生からのメッセージ。
先生らしい、残された人へのラブレター。
実際には先生の息子さんが、先生からのメッセージを代理で投稿していた。
 
62年の人生の幕が降りる時が来た。
最高の人生だった。最後に付き合うことになった彼は、がんというちょっと強そうな名前の彼だったがそこでもらった時間は、とっても大切なものとなった。
多くの人に愛されて幸せだったこと。豆が好きで、花の中では矢車草が好きで、タレントの嵐の大ファンだった。
自分のことを時々は思い出してやってください、最高の人生だったとつづられていた。
文章に添えられた写真の先生は、可愛い黄色いチェックのプリーツスカートと、いつものヘアーバンドをつけて笑っていた。
 
内容を読んだ時に、声をだして大泣きしてしまった。
この世からいなくなるって、分かってたんじゃないか。
なんで、私と連絡を取り合った時に、病院においでと言ってくれなかったの?
 
先生はお別れのメッセージを、みんなに残したかっただけで、私を苦しめるためのメッセージでないことは理解出来ていた。
お見舞いに来てと言わなかったのは、治療で苦しい時に、対応ができないという気持ちがあったのだろうと思う。
ラブレターで私達を驚かすなんて、いつも斬新なアイディアのアレンジを生みだしていた先生らしい。
書いていた時は、どんな気持ちだったのだろうか。そう思うと胸が苦しくなった。
 
会社のレッスンは、お弟子さんが引き継いでくれたおかけで、廃部にならずにいる。
レッスンで、スポンジに花をさしている時に、茎を短くさしたため、小さな作品になってしまっていた時に思い出した。
先生から言われていた言葉だ。
「花の茎を短くしてしまう癖がある。作品が小さく仕上がるから、もっと長めに切って作品を大きく仕上げて」
 
先生は、フラワーアレンジメントを通して、人生を楽に生きるヒントを教えてくれていたのだとふっと思った。
起こった出来事を、こうすべきだと決めつけるのではなく、いろいろな方向から物事を見た方がよいと。
 
花をギュッとさして、小さい作品に仕上げるのはなく、もっと大きく仕上げる。
作品は出来上がった時に、いろいろな角度からみて、花が少ないところには、葉っぱや花を入れていく。
かたよらないように、全体のバランスを考えて仕上げる。
 
「お見舞いに行かなかった私はだめだと決めつけるのではなく、もっと大きな視野でいろいろな方向から物事を見ないとだめだよ」と先生に言われているような気がした。
先生がいなくなってから2年余り、自分を責め続けていた呪縛から開放されたのだ。
レッスンでギュッと小さな作品を作る度に、思い出してと教えてくれていたのだろう。
 
「そんなに自分を責めないでいいよ。幸せだったとメッセージに書いているでしょ」
 
いなくなった人の本当の気持ちはわからないが、私は先生からのメッセージだと受け取ったのだ。
 
出来事をこうすべきだという考えにあてはめてしまうが、フラワーアレンジメントのようにもっと多角的に物事を見るようにしたい。
私たちの見えている部分は、ほんの一部ではないか。
フラワーアレンジメントの世界で成功している先生は輝いて見えていたが、1人で子供を育てていた苦労があったはずだ。
第一線で活躍するプレッシャーもあっただろう。
ひとつの角度からだけ、見るのはやめよう。
フラワーアレンジメントのように、前からだけではなく、横から、後ろから、斜めからみるときっと違う目線の発想がうまれる。
 
お見舞いに行くべきだと考えるのではなく、違う角度からも考えてみる。
そうすると、体調がよくないのに人と会いたくない。
家族との時間を大切にしたいという考えが浮かんだ。
行くべきだというのが、正解ではないと分かる。
 
「あなた、いつまでこだわっているのよ」と笑っているような気がした。
 
矢車草を見るたびに、先生との思い出がよみがえるだろう。
周りの62才に比べると、アクティブで、おしゃれで、いつもパワーがあふれていた先生。
フランスで貴重な体験をさせてくれた事は忘れない。
フラワーアレンジメントを通して、人生をもっといろいろな角度から見てみなさい。
そうすると楽になり、楽しいよと教えてくれた。
先生のように、最高の人生だったといえるように生きていきたい。
 
 
 
 
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2021-11-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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