形のない贈り物
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:多紀理 めい子(ライティング・ゼミ10月コース)
4歳だか5歳のころ。父が寝しなに聞かせてくれたお伽噺が大好きだった。
一番忘れられなかった物語の主人公は私で、そのお話の中で私はピンクの仔馬を飼っていた。苺が大好きだった私のために、父が大きな大きな苺の中からピンク色の仔馬が生まれて、私がその仔馬と一緒に眠ったり、遊んだり、ご飯を食べたりする話を作って聞かせてくれたのだ。
私は毎晩その話の続きをせがんだ。
「パパ、いちご馬のお話して」
父と私は、そのピンク色の仔馬をいちご馬と呼んでいた。
ある日、いちご馬は新たな展開を迎える。なんと背中に白い羽が生えたのだ。お話の中の私は、その白い羽の生えたピンクのいちご馬に乗って大空を駆け巡り、雲の隙間から虹を見たり、いちご畑へ飛んでいき、おなか一杯いちごを食べたりしていた。もちろん、実生活でもいつかいちご馬に会えると信じ、いちごを食べる時には必ずいちご馬を探した。
少しだけかじっては、ピンクの小さな蹄が見えるのではないかとドキドキし、見つけたら父が話してくれたように絶対に、注意深く、優しく、そっと引っ張るんだ! と心に決めていた。
当然ながら、いちご馬の入っているいちごは見つからない。私はある日、父に言った。
「ねぇパパ、いちご馬ほしい。どうしてもほしい」
父のお伽噺で聞かされていたいちご馬を私は頭の中で、かなりはっきりとした姿に思い浮かべることができ、その子はいつも甘いいちごの香りがしていて、ふわふわの白い羽をパタパタさせながら真っ黒な瞳で私を見つめるのだ。
父は言った。
「あのね、どうしてもほしいものは自分で見つけるの。みんなほしいんだから。鬼もほしいっていうかもよ」
当時、私が一番怖かったものが鬼だったのでそういったのだろう。私は父のいっている言葉の意味が分からず、鬼が怖くなって泣いた。
とうとういちご馬には一度も会えないまま私は大人になり、大人になる少し前に、いちご馬は現実にはいないんだということも理解した。それでも、あの年頃に夢中になり、心から欲しいと思った記憶は強烈だ。何十年も経った今でも、いちごを見れば、父が話してくれたいちご馬を思い出す。
私には子どもがいない。けれども、小さな子どもに囲まれて仕事をしている。いつか、この子たちにいちご馬の話を聴かせてあげたいなと思っていた。小さな子どもがいかにも喜びそうな話だし、きっと私のように大人になっても思い出すだろう。そして、改めてあの時父がいった「どうしてもほしいものは自分で見つけるの」について、なぜあんなことを……と、考えていた。
2020年。年が明けたかと思うと、バタバタとドミノが倒れるように日常が崩れた。それまで毎週会っていた子どもたちと、いきなり何か月も会えなくなるという事態に理解が追いつかないまま、生活の軸が奪われてしまった。
世の中ではオンラインレッスンなるものが広まり、同業者も続々とオンラインレッスンを展開し始めた。
私は、小さな子どもに画面越しに芸術を語ることは、どうしてもデメリットの方が大きくなる気がして、なかなか踏み切れずにいた。大切なことは言葉にすると、どうしても嘘くさくなってしまう。こんな異常事態の中にいる子どもたちに、冷たい画面越しに「あなたのことが大切だ」と伝えることなんて、本当にできるんだろうか。していいのだろうか。私にはできそうにない。
かわいい子どもたちの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え、何もできない無力な自分に気が付き、ただ呆然とした。
その時なぜか、ふといちご馬のことを思い出した。経験したことのない窮地で思い出す、優しい思い出。こんな年になってさえ忘れることのできない父からの、形のない贈り物。
そうか……。
私はスケッチブックに絵を描き始めた。
父が話して聴かせてくれたあの物語を、自作の絵本にしてオンラインで流すことにしたのだ。取り掛かると他にやることがないせいか、ものすごい勢いで作業が進んだ。
描いた絵をスマホで撮影し、アプリで色彩の調整や陰影、エフェクトを付け足して動画にする。ボランティアで読んでくださるというプロの声優さんにも出会えたので、読み聞かせ風に音声とともに編集し、愛する子どもたちに送った。
浮かんでは消え、浮かんでは消えしていた子どもたちの顔やしぐさがモデルになり、主人公はキラキラと物語を生き始めた。その女の子が大切に飼っているいちご馬は、亡くなった愛犬をモデルに描いた。思えば、愛犬の目は真っ黒で、いつも私の枕元に寄り添い、私を見つめながら眠りについた。父が話してくれたいちご馬のように。
ある日、子どものご家庭からメッセージが届いていた。
「先生、娘がとても喜んで笑顔になりました」
お母様は泣いていた。
父のいっていたことは、もしかしたらこういうことなのかもしれない。
器用な父は私より遥かに上手に絵も描けたはずだし、どこかのおもちゃ屋でピンクの仔馬を見つけて買ってくることもできただろう。でも、父はそれをしなかった。
緊急事態宣言があけて、子どもたちにやっと会えた時、私はひとりひとりに伝えた。
「あのお話はね、先生のお父さんがしてくれたお話なの。モデルはみんなだよ」
子どもたちは嬉しそうに、あのページは誰に似ていて、次のページはまた他の誰みたいだと言い合った。幸せそうな子どものいる風景の、なんと平和なこと……
父よ。素晴らしい贈り物をありがとう。
***
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