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灰色の街が恋しくなる時


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記事:齊藤ひろこ(ライティング・ゼミ8コース)
 
 
「ああ、下町の人ってかんじがするね」
 
出身地を尋ねられ、東京の墨田区なんです、と答えると8割方こんな反応が帰ってくる。
 
いいねぇ、江戸っ子だね。
チャキチャキしてるもんね。
お祭りとか好きなんでしょう。
 
生まれ育ったこの街が、わたしは大嫌いだった。
 
「大人になったら、目黒区か世田谷区に住むの」
小学校5年生のときに、初めて友達に言った。
「ふうん。でもさ、お金持ちじゃないとあっちには住めないよね」
そうだ、そんなのはもうとっくに知っている。
母が、わたしがリボンがついたブラウスや、フリルのワンピースを欲しがると
「こういうのは、世田谷のお嬢さまが着るんじゃないの〜」
と、よく茶化すことがあったからだ。
この時はまだ、目黒も世田谷も行ったことがなかった。
でもきっと街も人も静かで上品で、白い洋館が立ち並んでいる、そんなイメージだった。
朝からガヤガヤと騒がしい神社のお祭りもないし、昼間から酒屋の角打ちで酒を煽るような怖そうな男たちも、あっちにはいないんだろう。
お嬢様が住むらしい目黒や世田谷が、まるで遠い外国みたいに思っていた。
 
わたしが生まれ育った街は墨田区の中でもかなり端の方で、両国国技館もスカイツリーも少し離れている。
良く言えば昔ながらの家屋が立ち並ぶ、下町情緒が残るエリア。
悪く言えば、特になにもないエリアだ。
 
もともとは、亡き祖母が墨田の生まれだった。
下駄屋、桶屋、金融業、と女手ひとつで商売を広げた気の強い人だったと聞く。
そんな祖母に「似ている」と近所の人に言われることも、当時は少し憂鬱だった。
 
最寄り駅のすぐ近くには荒川が流れ、橋の向こう側は葛飾区になる。
わたしが小学生の当時は、荒川沿いには古びた町工場が立ち並び、外国人労働者がたくさんいた。
公園で友達と遊んだ帰り、近道をしようと河川敷のあぜ道を通る。
陽が落ちかけた土手を見渡すと、その度に後悔した。
黒く濁った川はガソリンみたいにドロリとして見える。
土手には背の高い葦が生い茂り、鉄橋の下にはホームレスの段ボールハウスがあった。
近くには皮革工場も多かったため、独特の臭気とホコリが混ざった空気が身体にまとわりつく。
ここに立っていると、底のない穴にズブズブと飲み込まれてゆくような、暗くて不安な気持ちになり慌てて駆け出す。
やっぱりここは嫌い、泣きそうになりながら家まで急いだ。
 
通っていた小学校では年に1度くらいだろうか、全校生徒に関東大震災のお話会が行われていた。
大正12年に起きた震災では9万余人の死者のうち、墨田区の界隈では4万8,400人が命を失った。その酷く無残な様子を、スライドで容赦無く見せられ感想を書いたり述べるのだ。
もちろん地震や火事の恐ろしさを、子供ながらに理解し震えあがった。
けれども、それだけではなかった。
ここは悲しい場所、かわいそうな人がたくさん死んでいった場所。
この暗く重い影がずっとついて回ったのも、なんとなく山の手エリアに憧れた要因なのかもしれない。
 
24歳の時、晴れて憧れの世田谷区に住むことになった。
なにも都内に実家があるのに出て行かなくても、と反対する両親を振り切り、勝手にアパートを決めてしまったのだ。
 
最初のうちは、渋谷で遅くまで遊んでも歩いて帰れるし、家の近くにはカフェだってある。
やっぱり墨田とは違うよね、おしゃれだし雰囲気が違うもん。明るい街に浮かれていた。
まるで世田谷にずっと住んでいる人に生まれ変わった気がしていた。
それくらい嬉しくて、ずっとここにいようとこの時は思った。
 
しかし、実家が恋しくなるのは割とすぐだった。
あんなに嫌いだったはずの墨田なのに。
 
あそこの神社の春のお祭りはもうすぐかな。
そろそろ駅前の桜が綺麗だろうな。
お父さんとお母さん、どうしてるかな。
 
電車でたったの40分の距離なのに。
帰ったら、なにかに負けた気がする。
帰ったら、墨田の方が良くなってしまう。
わたしはいつも歯を食いしばって、ちっとも帰らなかった。
本当は、すごく帰りたかった。
 
わたしは今でも世田谷区に住んでいる。
同じ街で3度も引っ越し、商売もしている。
変わったのは、年老いた母の様子を見に、週の半分は墨田の実家に帰ることだ。
 
相変わらずこの街にはこれといって何もないけれど。
夕暮れ時に犬を連れてのんびり歩くのは、あんなに寂しくて恐ろしかった荒川の土手だ。
コンクリートでさっぱりと整備され、顔を上げれば高層マンションの隙間から、きらきら鮮やかに光るスカイツリーが見える。
 
なぜあんなにここが嫌だったのかは、本当はよくわからない。
わたしが知るこの街は確かにどんよりと暗くて灰色だった。
でも仕事で失敗した時、彼氏に振られた時、もうダメだと思った時に、思い出すのはいつもこの灰色の街だった。
 
わたしはきっと、もうすぐここに帰ってくる気がしている。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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