メディアグランプリ

本当の恋を手放した人生に思う事


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:Jin(ジン) (ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
最終電車のドアが開くと、彼女はゆっくりと中に入り、僕と向き合った。
「じゃあ……」
そう言っても、彼女は何も言わずじっと僕を見たままだった。
怒っているのか、悲しんでいるのか、表情から読めない。
目の前でドアがピッシャっと音をたてて閉まり、車体がゆっくりと彼女の家の方向へ流れ出していった。そして、姿が見えなくなるまで、お互い視線を離さなかった。
独身を卒業する2年前の事。これが、彼女との最後になるはずだった。
 
その数時間前、
「このまま付き合っても、お互いの為にならないと思う。ごめん、このへんで終わろう」
僕のワンルームマンションの部屋で、そう彼女に告げた。
「やっぱり、私とは無理なのね……」
彼女はそう言って、視線を下に落とした。
 
1年前にコンパで出会い、その帰りから二人っきりになって付き合いが始まった。
だけど、二人に先がないことは途中で分かった。
それでも交際を続けたのは、彼女がとても素敵だったから。
問題は、彼女の宗教活動だった。
決して怪しい新興宗教ではなく、日本人なら誰でも知っている大きな団体だ。
両親が信者だった為、生まれた時からその環境に居たので、彼女にとっては宿命みたいなものだった。
だけど、僕にはどうしても受け入れられなかった。
彼女がその話を持ち出すと、僕は少し不機嫌になり、彼女は悲しそうな顔をする。
そうして溝ができていった。
それさえなければ、本当に可愛い5歳年下の彼女だった。
僕は神を恨んだ。
 
別れて暫くして、別の彼女と付き合うようになり、僕もいい歳だったので、結婚を意識し始めた。元カノほど熱い思いはなかったけど、恋愛と結婚は別なのかなと思い始めていた。
 
そんな時、あの阪神淡路大震災が襲った。
震源地から少し離れた場所に住んでいた僕でも、マグネチュード7に見舞われた。
まるでキングコングにマンションごと手に取られ、シェイクされたような凄まじい縦揺れだったけど、なんとか無事だった。新しい彼女は京都、元カノは神戸。
元カノの安否が気になった。
 
しかし、電話は暫く不通が続き、彼女の最寄りの駅へ向かう電車はすぐには復旧せず、車が走れる道路は大渋滞の日々。ボランティアの人達も、西宮あたりから歩きで被災地へ向う状況だった。
 
ようやく電話で連絡が取れたのは、地震が発生してから2週間くらい経ってからだった。
地震発生当時は近くの小学校へ避難し、そこで暫く過ごして大阪の親戚に身を寄せていたらしい。家族は無事で、家も大きな損傷はなかったけど、余震を警戒していたのだ。
 
「会いたい」
心細かったのだろう、電話口で元カノは小さい声でそう言った。
「今日、来る?」
「今から行く」
電車はまだ復旧していなかったので、バスを乗り継いで昼過ぎに僕の所へやって来た。
少しやつれた感じだったけど、懐かしい笑顔で1年ぶりに玄関に立っていた。
「心配してくれてありがとう。うれしい」
以前のようにベットに並んで座って、二人で近況を語り合った。
元カノにも最近、新しい相手ができていたことを知り、身勝手なこと知りながら、見たことのないその男に嫉妬した。
「でもね、私に髪を染めてみて、とか、服装もこうしたらとか、いろいろ言うの」
「それは嬉しいの?」
「ううん、私はお人形じゃない」
「そうだよな」
なんか、その返事にホッとしていた。
「水、出るのね、ここは」
「そっか、そっちはまだ出ないんだ」
「地域によるの。私の所はまだ。だからお風呂も借りなくちゃいけなくて」
「シャワー浴びる?」
「うん、ありがと」
シャワーを浴びた後、彼女は下着の上に僕のバスタオルを巻いて、暖かい部屋に出て来た。
そして、また僕の横に座る。
以前は普通のことだったのに、なんだかドキドキとしていた。
「今、また地震が来たら、私達どうなるのかな?」
そう言う彼女を僕は優しい眼で見た。
 
それから、お互い相手がいる状況の中で、また関係が始まった。
以前より逢う回数は減ったけど、深さが増していった気がした。
 
(やっぱり好きや)
 
そんなこと分かっていても、彼女の後ろにある組織に、僕はやはり妥協できなかった。
そして半年ほど秘密の関係を続けて、最終的にお互い納得して別れた。
「ごめんね、私も捨てられなくて」
それが彼女の最後の言葉だった。
 
僕は、元カノの後に付き合っていた彼女と結婚した。
そして10年ほどの月日が流れた頃、家族写真を見ていると、自分の表情がどこか寂しそうな気がした。実際、あの時に元カノと結婚していたらと、考えることが何度もあった。
 
そんな冬のある日、僕は彼女が住んでいた懐かしい駅に立っていた。
有名私大がある街なので、駅前には若者が好みそうなオシャレな店が並んでいる。
その通りを南へ100メートルほど歩き、左に折れる。
その先に、彼女の家がある。一階の半分をクリーニング屋さんに改装した家が。
 
彼女のお父さんは、自分が癌と分かった時、経営していたスポーツ用品店を閉めて、
家の一部をクリーニング屋へ変えた。残された家族が食べていけるようにと。
 
そんなことを思い出していた時、ふと前を歩く女性の後姿に目が釘付けになり、
心臓の鼓動が激しく上がった。
 
(まさか! でも彼女だ!)
 
肩までかかったストレートの髪。
スラっと伸びた脚にロングブーツをはいて、コツコツと歩く姿。
全然変わってない!
 
(結婚しなかったのか?)
 
張り裂けそうな胸をおさえながら、少し後ろを歩き、声をかけるべきかどうか迷った。
そうしているうちに、彼女の家の前。
鉄の扉に手をかけた彼女は、クシュンと口に手を当てて小さなクシャミをした。
 
(ダメだ、僕には何もできない。また、同じことを繰り返すだけだ)
 
そう思って、彼女の家の前を通り過ぎた。
耳に残った可愛いクシャミの音に、暫く胸の動悸が止まらなかった。
 
それからまた10年ほど経った今、僕は当時を懐かしく振り返って、彼女に思いを馳せた。
僕と別れてから、どんな人生を歩んだのだろうかと。
もう少し年を取ったら、また彼女の家に行ってみよう。
そして、もし彼女がまだそこに住んでいたら、今度は声をかけてみよう。
 
「やあ、久しぶり。覚えている?」
 
人生の後半で、また秘密の時間を二人で楽しめたら、僕達はそういう運命だったのだと
思える気がした。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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