夫は「運命の人」ではありませんでした
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西元英恵(ライティング・ゼミ8月コース)
「運命の人」と出会える人ってどれくらいいるんだろう。
ふと、そんな事を考えたりする。
このところしばらく夫と絶賛冷戦状態中であった。冷戦状態といっても全く話さない訳ではない。というのも小さい子供が二人いる分、協力してお世話せざるを得ない場面が多く、必要最低限の会話はする。しかし、冷戦状態中の夫に対して苦々しい思いが消えず、私はボクシングの選手のごとくグローブをはめてファイティングポーズを取ったまま、相手の不意の攻撃に身構えながらリング内をウロウロして一定の距離を保っていた。
(なんか攻撃してきたら、ぶっとばすぞ!)
心の中では鼻息荒くそんな事を考えていた私が、朝の見送りなどするわけもなく、台所で忙しいふりをして「行ってきます」と一応声を掛けてくれる夫に小さい声でボソッと「いってらっしゃ……」最後は聞こえないくらいのボリュームで応える。きっと私は能面のような顔をしていただろう。玄関ではお父さん大好きな子供たちが賑やかに見送っているのが聞こえてきていた。
その後何気なく開いたネット記事に「『気を付けてね』の一言が事故率を下げる」といった内容を見つけてハッとする。これについては統計があるわけでも脳科学で解明されているわけでもなく、実際は何の根拠もない。しかし、これから一日仕事に行く夫には笑顔で「いってらっしゃい!」と元気よく声を掛けたほうがいいに決まってる。
そう、このままではいけないことは百も承知だ。
そんな冷戦状態が2週間くらい続いたある時、恒例行事を行う日がやってきた。月に一度の「夫婦ミーティング」開催である。
これは小さい子供をふたり抱えてゆっくり話す時間が取りにくいうえ、お母さん大好きっ子の長男が夫婦間の会話に異常に焼きもちをやくことから、家庭経営上必須な事務的会話でさえもままならない時期が続いた時に夫婦二人で編み出した技である。
夫婦ミーティングは夫婦間が上手くいっている時期は何の問題もない。むしろ楽しみなくらいだ。子供を寝かしつけたあと、リビングのソファに集合し「最近どうですか?」の夫の言葉を皮切りにコミュニケーションが弾む。
しかし、今回は訳が違う。
私は怒られる事がわかっている得意先に謝罪に伺う時のような重い足取りでソファに着席した。寝室から持ってきた毛布で自分をぐるぐる巻きにする。心の防衛策だ。
(あー、できることなら会話したくない)
冷戦状態になっているのだから、私が夫に対して意見があるのと同じように、夫もおそらく私に対して何か意見があるに違いない。
重い空気の幕のジッパーを少しずつ開くような感じで、夫が口火を切る。
「どうですか……」
もちろんいつもの勢いはない。ここで核心をつかず、まわりくどい事を言ってもしょうがない。腹を括った私が応える。
「最近、夫婦間がうまくいってないなとは思ってる」
夫と私はリングの上で足踏みをしながら見合ったまま、距離を詰め過ぎずにグルグルと回る。お互い相手の出方を見ているのだ。自分は攻撃しても、相手から攻撃されるのは嫌だ。
どうやら夫は私に最初にしゃべらせてくれるようだ。よし、思ってる事を全部言ってやろう。拳を握りしめたまま普段抱えていた感情を思いつくままにしゃべっていく。
子供の心身のケアで大変なこと、それでストレスがたまっていること、そんな時に日常生活のささいな事を指摘されて腹が立ったたこと。何か大きな事件があったわけではないが、そうした小さな苛立ちの積み重ねが次第に私を能面のようにしていた。
「はっきり言ってそんな細かいところまで気が回らないよ!」
怒り半分で、時に感情が昂って涙ぐみながら話す私に対して夫はどちらかというと冷静にうんうんと聞いている。
「そうか、そんな風に思ってたんやね」「気持ちを追い詰めていたとしたら、悪かったね」
夫は優しい雰囲気を醸し出しながら、最後まで私の話を聴き切った。
あれ? 夫はもうグローブを外したのか?
いや、そうでもなかった。
「じゃあ、おれからも、いい?」
夫からも2.3私への意見とか要望があった。夫の中でも不満は溜まっていたようだ。言われてみると図星なだけに心が「うっ」となるようなことばかりだった。その中でも
「前に実家に帰省した帰りの車の中で、何も言わずパソコン広げたことあったやない?」のパンチはなかなかの破壊力だった。2発ほど受けてボディブローのようにじわじわ効いてきていたところに更にこの一発を受けて私は膝から崩れ落ちた。
確かにそういう事があった。通信で受講しているゼミの課題を抱えていた私は、帰省先から我が家へ帰る日が〆切であり、かなり焦っていた。車を出して30分くらい経過したところで子供たちが眠りにつき、「ラッキー!」とばかりに、夫へ何の断りもなくパソコンを開いてカチャカチャとやりだした。もし、これが友達だったら……こんな事しただろうか? 普段、友達と会っていてメールの返信をしなければならない時、電話をしなければならない時、必ずこう声を掛ける。
「ごめん、ちょっと1件いい?」これは相手へ対しての配慮であり、気遣いだ。友達相手なら必ず行うような手順を夫婦間になると簡単にすっ飛ばしていたことに気づかされ、その時の事を思い出すと「わーっ!」と目を覆いたくなった。夫はその時は何も言わず課題をやらせてくれ、最後まで運転もしてくれた。
私は自分の事で頭がいっぱいになっていたようだ。
「私は大変なのに……」「私だって頑張ってるのに……」「私だって忙しいのに……」
私が、私が、私が……。
いつからこんな高慢な女になってしまったのだろうか。可愛げなんて1ミリもないじゃないか。
この夫の告白をきっかけに、私は普段の自分の振る舞いについて反省した。
「おれ、lose-winになってるなと思ってしまって、ちょっといやになってたんよ」
コヴィーが唱える「7つの習慣」でいうところのwin-winではなく、感謝もされずに奉仕するばかりの毎日に嫌気が差していたようだ。それで私に小言めいたことを言ってしまってたんだと思うと彼も振り返った。
「ごめんね」「いや、おれのほうこそ」
お互いの反省と相手への思いやりの心を思い出し、私たちはやっとファイティングポーズを取るのをやめ、リングの中央で肩を組んだ。
運命の人と出会える可能性。
元NASAのロボット技術者ランドール・マンローが算出した結果によると、それは1万回の生涯でたった1回という。これは別の言い方をすれば、おそらく不可能に近いということだ。私と夫もきっと「運命の人」という間柄ではない。それでも一度は「この人となら」という希望を胸に一緒になった相手だ。これからも不満やケンカが全くなくなるということはないだろう。そのたびに思いやりの心を思い出し、軌道修正をしていくしか今は方法が思いつかない。
夫と付き合っていた頃、少なからず「ビビビと来てる」と思った私、多分それは錯覚ですよー!
それでもその「錯覚」の土台の上に、ペタペタと思いやりや気遣いを塗りたくって、少しでもマシになればそれでいいんじゃない? 近頃はそんな風に思っている私です。
***
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