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誘拐騒ぎが連れてきたしあわせ


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記事:蒲生厚子(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
午後7時。しっぽりと日は暮れたが、帰ってこない。
 
小学校4年生になった息子は学校から帰ってきて、「友達と遊ぶ」と、ランドセルをほっぽり出して行ってしまったきり。転校して4日目。どうやら無事に友達ができたようだと安心した矢先の出来事だった。
今日は学校の近くの公園にいったはずだ。
それにしても遅い。近所にはまだ知り合いもいない。遅くなる理由がない。
 
一緒に遊んでいたはずの友達の家に電話すると、友達は6時前に帰宅していた。
「蒲生くんは知らないお兄さんと一緒に行っちゃった」と電話の向こうの声が聞こえる。
 
4人で遊んでいるところに、知らないお兄さんがきて「弟を探しているから一緒に探して」と頼み、暗くなってきたので3人はうちに帰して、息子だけに「一緒に探して」と連れて行ったそうだ。
私はすぐに警察に電話して事情を話した。
 
警察はすぐに来てくれた。
「お父さんが連れていって一緒にいる可能性は有りませんか?」
「いえ、今日夫は会社が終わったらライブに行く予定になっているので、それはありません」
「では、近所の人と一緒に行ってしまった可能性は?」
「引っ越してきたばかりなので、友達以外の知り合いはまだいません」
「恨みをかっているような事は無いですか?」
「いえ、心当たりはありません」
「借金をしているとか?」
「それもありません」
いろいろ根掘り葉掘り聞かれながら、「これは誘拐事件なのか?」とぼんやりと意識した。誘拐事件ってお金持ちの家におこることで、テレビや映画、新聞の上での出来事のはず。
 
そのうちに数名の警察官が大きな機械を持って来た。家に上がるとまず「カーテンを閉めて」と指示された。
あわててカーテンを閉めると「電話がかかってきても、警察が来ていると言わないで」と言われた。「はい」
なんと、これは現実か。テレビドラマではない、もっともっと厳しくて真剣な場面だ。
大きな機械は通信機のようだ。
息子の出で立ちや服装を聞かれ、それを各所に連絡してくれている。大勢の警察官がパトカーで出動して探してくれている。男性、女性、若い声、年配の声、いろいろな声が飛び交っている。通信をとりあって探してくれているのだ。
 
「ご主人と一緒にいる可能性はありませんか?」
「いえ、主人は会社の帰りにライブに行くと言っていたので、そちらにいるはずです。」
平成初期はまだ携帯電話の普及はない。ポケットベルの時代だが、ポケベルは持っていない。ということは、個人に直接連絡をとることができないのだ。
「どこのライブハウスですか?」
場所はわからないがライブの出演者がわかっていたので、警察の検索網でライブハウスを特定でき、電話をかけてくれた。
後で夫に聞いたのだが、ライブ中に店内放送で「蒲生さん、至急自宅にお電話してください」と案内が流れたそうだ。びっくり仰天、泡食った夫は、店内の大音響をさけて外の公衆電話から電話をかけようと飛び出したところに、警察が駆け寄り事情を説明してくださったそうだ。
タクシーに乗り、一目散に我が家をめざした。
 
夫の帰りを待つ間も、通信機の送受信はあわただしく続いている。リビングは騒然とした緊張感が漂っている。
隣の和室では、幼稚園の娘の友達が2人泊まりに来ており、3人でお姫様のドレスをきてコスプレでキャッキャと楽しんでいる。なんともまぬけな光景だが、
これもまたひとつの現実で、娘の面倒をみなくて助かる分救われていた。
 
突然電話がなった。
プルルル、プルルル。
その場にいた全員に緊張が走った。
待ちに待った電話だが、ドキドキが止まらない。
「電話に出たら、引き伸ばして。逆探知するのに時間がかかるので、位置がわかるまで電話を切らせないで」
と手短に指示された。
わが子の命がかかっていると思ったら、覚悟を決めるしかない。
「もしもし」
「蒲生さんのお宅ですか」若い男性の声だ。
「はい」気持ちをこめずに慎重に答える。
「お宅のお子さんが今、伝馬町のコンビニにいます。迷子になったようです。道を聞かれたので、コンビニに連れてきました。家がよくわからないようなので、ここまでお迎えに来ていただけますか?コンビニの方にあずかっていただきますので」
え? これは想定外の展開だ。
伝馬町といえば、我が家の最寄り駅から地下鉄で3駅め。
そんなところまで行っていたのか。
「引き伸ばして。引き伸ばして。犯人かもしれないので、警察が到着して確保するまで引き伸ばして」と電話の向こうに聞こえないようにささやき声で指示される。
「あの、息子はなぜそこにいるのですか?何て言っていましたか?」
「中区はどっちですか? と聞かれたのですが、こんな時間に小学生が一人でおかしいなと思って。引っ越してきたばかりでわからないというので、コンビニに迎えに来てもらうのが一番わかりやすくて安全だと思い連れてきました」
なんてしっかりした若者でしょう。
いやいや、とにかく今のミッションは引き伸ばすことだ。
「ありがとうございます。心配していたので、大変助かりました。そちらの場所ですが、よくわからないのでもう一度教えていただけますか?」
要領を得ない人を演じつつ、何度も場所を確認して「もう無理~」と思ったときに、夫が帰ってきれくれた。
助かった! 渡りに船とばかりに受話器を渡した。
しつこい親たちにつきあってくれている若者はきっとすごく善い人だ。
そこからまた夫が場所を聞きながら、のらりくらりはぐらかしているうちに
警察が伝馬町のコンビニに到着したという報告が入った。
やったー!
緊張から解放されて崩れそうになった。
 
コスプレ中の娘たちに「ちょっとお留守番していてね」と言い残し、大急ぎで警察署に向かった。
 
息子を保護してくださったのは4人組の大学生だった。
息子に道を聞かれたばっかりに、長い時間一緒にいてくれて、一時は警察にも疑われて本当に申し訳ないことをした。
学校と名前を聞いたが「いいです。よかったですね」と去ってしまったので
「ありがとうございました」とお礼しか言えなかったが、心から感謝している。
なんて素敵な若者たちなのでしょう。
 
息子とは会議室のような部屋で会えた。
抱きしめて涙することが精一杯だった。あまりにうれしくてよく覚えていない。
 
息子の話によると、知らないお兄さんと一緒に公園やマンションの屋上などあちこち弟を探して回り、あげくのはて「もう帰っていいよ」と知らない場所で解放されたらしい。そこから数名の人に聞きながら、我が家を目指して歩いていたとこのこと。
何もおこらず無事に帰ってこられたのは奇跡かもしれない。
 
心優しく、機転の利くお兄さん方のおかげ様です。命を助けていただいたと言っても決して大げさではない。
日本の若者たち、日本の警察、捨てたものじゃない。素晴らしい。
心から感謝してしあわせに浸った一日だった。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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