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ちょっと宇宙まで飛ばしてきます


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
宇宙飛行士に、転職だ。
 
飛び込んできた文字に心を鷲掴みにされた。ドクドクと温度の上がった血液が全身を駆け巡っている。転職という言葉が、遠い存在の「宇宙飛行士」を突然目の前に連れてきてしまったようだった。スマホを握る手がじっとりと熱くなる。
 
小さな画面にはJAXAの「宇宙飛行士候補者募集」の記事が映っている。私はオフィスの片隅で誰にもみられないようにして、必死にその先を読んだ。日本の宇宙飛行士は実に13年ぶりの募集になる。1年ほど前に告知があってから、いつ発表されるのだろうと気にしていたけれど、まさか今日だったとは。しかも今回選ばれれば月にも行けるかもしれないのだ。体の奥にしまった小学生の私が、さっきから大きな声で叫んでいる。
 
「絶対に応募したい!」
 
とはいえ、大人になった私は言う。完全に文系、30も後半になった私が、一体何を浮かれているのか。そんな、ちょっと宇宙好きなだけの女が相手にされているとでも思っているのか。誰も君のことなんか誘っちゃいないよ……。頭の声が冷静になれと笑う。そんなこと分かっている。私だって全然本気じゃないよ。ただ、ちょっと面白そうだなって思ってるだけ。妄想するだけなら自由でしょ? せめて、募集要項だけでも見てみよう。
 
「よし!」
 
他でもない自分自身に気合を入れて、募集要項の詳細をタッチした。
 
・2022年3月末の時点で3年以上の実務経験を有すること
・身長 149.5〜190.5センチ
・視力 矯正視力1.0以上
 
一瞬動きが止まる。
以前の募集要項には学歴や専門性の制限があった。当然ながら私は対象外で、身長は下限の158センチに及ばず、自然科学系の大学卒でもなかった。門前払いである。今回もその条件が変わることはないだろうと予想していたからこそ、夢見る気持ちを冷ますつもりで要項を見た。諦めるために見た。なのにだ、それが無くなっている。文理・学歴は不問。実務経験も自然科学分野に限られることなく、社会で経験を積んだ、ほぼ全ての人が対象となる形だ。
 
これ、私も応募できちゃうのでは……。
 
昼休みが終わっても私の頭は宇宙でいっぱいだった。例え応募はできたとして、私が選ばれる、いや、書類通過する可能性など1ミリもない。応募するなんて、無駄だ、無謀だ。こんなこと誰かに言ったらわらわれちゃうよ? と、最近しつこいお腹の肉がバカにする。初めて前提条件をクリアした。でも、いざゴーサインが出ると、「やらない理由」をずっとずっと探してしまう。さっきまであんなにワクワクしていたのに、いざ目の前にきたら怖くて仕方ない。やめよう。無理に決まってるんだから。いつもみたいに憧れるだけでいいじゃないか。自分の心にぎゅっと蓋をした。これまで閉じた何枚ものエントリーシートと同じように、このスマホの画面も消した。
 
けれど、仕事が終わり、お迎えに急ぐ帰り道で、私はまだキョロキョロと月を探していた。薄い雲の向こうに欠けた月が見える。そうだ、今朝のテレビで部分月食が見られると言っていた。半分食べられた月が、雲間に見え隠れしている。「ほぼ皆既月食」と噂の今日の月。記憶のある限り、そこまで欠ける月は見たことがない。そろそろ宇宙に興味を持ってきた小学生の長男には、やっぱり見せておきたい。もしかしたら、私の代わりに宇宙に行くと言ってくれるかもしれない。気がつけば、車をスーパーに走らせていた。
 
スーパーの屋上から見上げた月は、もう小さな三日月のようになっている。子たちと「バナナみたいだね」と笑って、ゆっくり欠けていく月を見上げていた。近くの歩道橋でも同じように見上げている老夫婦が見える。きっと全国で大勢の人が、今、月を見上げていることだろう。そんな日に、宇宙飛行士募集の発表があった。JAXAも粋なことをする。誰でも月に行きたくなっちゃうじゃないか。
 
いよいよ月は、一筋の光だけを残して見えなくなる。影になった丸い月が、ぼわっと赤く浮かび上がる。
 
すごく、綺麗だ。
 
心の蓋がガタガタ震える。せっかく押し込めたワクワクが炭酸みたいにシュワシュワ弾け出しそうになる。まずい。どうしよう。この蓋を思いっきり外してみたい。
 
「宇宙飛行士を……募集するんだって」
隣の長男に小さくこぼす。
「へー! そうなの? ママ、応募するの?」
 
赤くなった月の端っこに、ほんの少しだけ残った光が眩しい。
たまには無謀なことやってみてもいいよね。この心から湧き上がるシュワシュワは、どうにも抑えられそうに無い。ようやく「うん」と返事をすれば、にかりと笑った長男が背伸びして肩に手を回す。お互い何も言わず、ただしばらく、一緒に月を見上げていた。
 
でもさ、本当の本当は、宇宙飛行士だなんて、なれると思ってないんだ。だけど、このシュワシュワと湧き上がる気持ちを押し込めて、いつか気の抜けた炭酸になるくらいなら、ブンブン振って、蓋ごと、はねとばしてみたいんだと、そう思う。これまで踏み出せずに諦めた後悔も言い訳ばっかり探した不安も、全部まとめて宇宙まで飛ばしてしまおう。
 
だって、宇宙飛行士になるより難しいことって、私には思い浮かばない。それと比べたら、何だって出来そうだ。
 
1日の終わりを迎えたリビングでノートパソコンを開く。深呼吸を一つ。
 
「よし!」
 
空には、まんまるに戻った月が、明るく光っていた。
 
 
 
 
***
 
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