メディアグランプリ

おばちゃんライバー、始動!


*この記事は、「実践ライティング特別講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

「実践ライティング特別講座」文章を書く前にするべき7つのこと

記事:安光伸江(実践ライティング特別講座)
 
 
「聴いてくださってありがとうございましたぁ!」
 
2021年10月13日、17LIVE(ワンセブンライブ、古くからの人は「イチナナ」という)でエレクトーンのライブ配信を始めた。エレクトーンを習い始めたのが今年の7月16日だから、それから3ヶ月たたないところでの大冒険である。昭和の歌謡曲をいくつか、ルパン三世、F1グランプリのテーマ曲「TRUTH」など、レッスンで弾いた曲を並べ、聴きに来てくれた人のコメントを見てちょっとおしゃべりをして、でも初心者で足がすぐ疲れるから30分ちょっと配信したところで終了した。
 
17LIVEではその前から知り合いのエレクトーンライバーさんのところにリスナーとして入り浸っていたので、そこで知り合った人が何人か聴きに来てくれた。エレクトーン好きの人は優しい人が多い。演奏中には「キラコメ」と呼ばれる絵文字のコメントで盛り上げてくれる。1曲終わると「パチコメ」という拍手の絵文字をくれる。「エール」と呼ばれる応援クリックをしてくれる人もいる。「エレクトーンを始めて3ヶ月とは思えない」と好意的なコメントもいただいた。
 
17LIVE、楽しい。
エレクトーン、楽しい。
 
だが、こうやって楽しくライブ配信をするまでには、音楽家としてのアイデンティティーを失ってひきこもっていた十数年があったのだった。
 
実は私、元プロのピアニストである。打楽器(マリンバやティンパニなど)をはじめとする器楽や声楽の伴奏、オーケストラの曲の中にあるピアノパートのエキストラなどの演奏活動をしていた。それと併行して大学院の専攻であるソルフェージュの教師や、母校での助手の仕事もしていた。
 
演奏活動はあまり盛んにやっていたわけではない。一流の演奏家との共演やプロのオーケストラでの演奏経験もあるにはあるが、アンサンブルピアニストとしては仕事の量が圧倒的に少なかった。だからそんなに稼げていなかった。
 
大学での助手の仕事をストレスで辞めて、別の私立音大でソルフェージュの非常勤講師になってしばらくした頃
 
このまま教える仕事をメインにしようかなぁ
弾く仕事をやめたらどうなるかなぁ
 
とふと考えた。そして弾く仕事を増やせないまま、教育活動がメインになった。そうこうするうちに、学生時代からの持病であるうつ病(病院には行っていなかったので「うつ病」と診断されていたわけではないが)が悪くなった。
 
ある年末の学期末試験の当日、私は倒れた。
助手時代のストレスは試験にまつわる業務によるものだったが、そのトラウマが吹き出たらしい。その直前、なぜか元気でエネルギーが高かったので、落ち込み方のギャップがものすごかった。
 
それから数ヶ月ほとんど寝て過ごし、4月の新学期にはなんとか復帰したものの、授業をするのが精一杯で、弾く仕事などもちろんできなかった。4月から精神科のクリニックに通うようになっていたが、薬に頼るばかりであまりよくならなかった。夏休みになんとか持ち直そうとしたが、ますます悪くなった。音楽を聴くことすらつらい。ピアノの練習なんてとてもできない。何年かぶりに実家に帰ったら「こっちに帰ってきてもいいよ」と言われた。「音大の先生が音楽を聴くのもつらい、っていうのはダメなんじゃない?」とも言われた。
 
そして9月
後期の授業が始まる1週間前
 
動けなくなった……
 
もう、ダメだ。授業もできない。
大学に相談し、休職することを決めた。
 
しばらく休んで翌年度から復帰するつもりでいたのだが、実家から父が迎えに来て、東京の家を引き払って家に帰ることになった。東京の家がなくなるということは東京での仕事、つまり音楽の仕事が事実上できなくなることを意味した。それ以前に、非常勤が休職するということは、次年度は退職することを意味したのだけれど。
 
4月から通っていた精神科のクリニックは、結局、休職の診断書を書いていただく「ために」通ったような形になった。
 
東京に拠点を残したかったのに
復活したかったのに
 
実家に帰ってからは音楽ができなくなったことを嘆いた。たくさんあった本は捨てたけど、楽譜とピアノはどうしても捨てられずに持って帰った。でもピアノを弾く気持ちにはならず、音楽を聴くこともできず、親とぶつかり、ひきこもる日々が続いた。
 
そこから十数年の年月が流れる。
 
途中、一瞬だけ音楽が聴けるようになってピアノを弾いた時期もあったのだが、何年も弾いていないピアノは調律にかなりのお金がかかると思い込んでいたので、調律をしないまま何年も時だけが流れた。
 
もう、音楽には戻れないものと思っていた。
 
震災があり、コロナ禍があり、音楽家の知り合いはみんな苦しんでいた。私なんかが演奏活動をすることはないな、と諦めて、別の仕事を探そうと思った。天狼院のライティングゼミを受けてライターなどの仕事をすることも考えた。
 
そうこうするうちに元気だった父が死に
私もがんになり
母の介護をして、その母も亡くなった。
 
相続税がかかるほどではないがまとまったお金を得て、資産運用をするようになり、それをネタに「素人投資家いちねんせい」という連載を書くようにもなった。日経電子版などで経済の勉強をするのが日課だった。
 
今年になってすぐのある日、日経産業新聞だかMJだか、日経電子版を契約していると読める新聞を眺めていたら、2月新発売のグランドピアノ C3X espressivoの紹介記事が載っていた。espressivo(エスプレッシーボ)というのは音楽用語としては「表情豊かに」という意味のイタリア語である。C3はピアノの大きさを表していて、私が持って帰ったのが1987年購入のC3A。C3X espressivoはうちにあるのとおなじ大きさである。表現力豊かな、ご家庭にも置ける大きさの、高級なピアノ。その記事から目が離せず、気になっていろいろ調べてみたら、とってもいい音がするらしい。
 
欲しい。
 
ご家庭用とはいえ高級なのでお値段も結構したのだけど、遺産で買えなくはない。でもすぐ買うには勇気がいる。
 
そこで十数年ぶりに調律を頼むことにした。前回の調律から十年以上経っているから10万はかかるだろうと思っていたのが、税別3万円で調整までしてもらえた。調律をしたのが1月20日、その前日の19日には「ピアニスト、音楽教師、著述業」で個人事業主の開業届を出した。ピアニストに戻る決意をしたのだ。
 
そこからピアノのリハビリが始まった。
最初はツェルニーの左手の練習曲というのを弾いてみた。どれみふぁそらしどそみそど。たどたどしく音階を弾いた。右手は何かで傷めていたのであまり弾けなかった記憶がある。
 
リハビリ動画をYouTubeにアップするようになったのが2月初め。そして3月にはソナチネ、4月にはソナタを弾くようになった。5歳でピアノを始めた私がソナタを弾き始めたのは小学校3年の終わり頃だったから、習い始めて数年分を数ヶ月で走り抜けたことになる。まだまだリハビリ中だけど、ピアノを弾いていく決心は、ついた。親の遺産をかき集めて、C3X espressivoを買ったのが6月1日のことだった。
 
現役時代もヴィルトゥオーゾ(バリバリぱっき〜ん、な超絶技巧の曲を弾く人。大きなコンクールに出るような人がそれ)ではなかった私は、そんなに難しい曲が弾けるわけではない。でも新しいピアノが来て、音楽をやっていく決心はついた。プロと名乗っていいかどうかはわからないけど、ピアノの生徒さんもすこ〜しだけ、いる。
 
その間も経済の勉強は続けていたのだが、6月に株で20万円ほどの利益が出た。20万円あれば、エレクトーンの入門者用モデルが買える。がぜん興味が出てきた。音大でエレクトーン専攻のクラスでソルフェージュを教えていたこともあり、実はエレクトーンに前から興味があったのだ。ピアノを弾かなかった十数年の間にも「ピアノを売ってエレクトーン買っちゃおうかしら」と思い立って、いややっぱり弾けないわよね、と諦めたこともある。そんなエレクトーンが、がぜん欲しくなってきた。
 
いろいろ調べていると、入門者用モデルではすぐ物足りなくなるということで、もっと上のモデルを薦められた。最低でも70万円のスタンダードモデルか50万円のカジュアルモデル。できれば100万円のカスタムモデルがいいということだった。180万円するプロフェッショナルモデルはコンクールに出る人とかが弾くものだからいらないよ、という話だ。
 
それでもすぐ買う勇気はないから、先に個人レッスンで習い始めることにした。先生のお宅はうちからドアツードアで5分。ELS-02C(カスタムモデル)があるという。しばらくは先生のお宅で弾かせていただいて、家では手持ちの電子ピアノに足鍵盤を買ってつけた「なんちゃって電子オルガン」で練習をするつもりでいたら
 
ELS-01Cという、カスタムモデルの型落ち中古が入荷する、という情報が7月末に入った。市内の人が手放したもので、20万円せずに買える。さらに30万円ほど足して合計50万円で、バイタライズといってELS-02C相当の機能が使えるようにする改造をする予約もした(現在は半導体不足でメーカー側で受注停止)。その中古01Cは8月3日に我が家にやってきた。入門者用モデルを買うはずのお値段で、型落ちながらカスタムモデルが手に入ったというのはラッキーだった。家に楽器があると少しずつ練習できるので、一日に何回も弾けるようになった。楽器店の時間貸し(1時間1100円でカスタムモデルを弾かせてもらえる)よりこの方が効率的だ。
 
そんなこんなでピアノだけではなくエレクトーンにもハマった。最初のレッスンの記録をYouTubeに残しておいたので、その頃に比べたらずいぶん上手になったじゃない? と思えるようにもなった。逆にピアノは「もっとうまくなくちゃ」と思ってしまってなかなかアップできずにいるんだけど。
 
エレクトーンは、両手と足を使うので、ピアノとはまた違う脳への刺激があるのがいい。母が死ぬ直前から私のメンタルのケアのために精神科の訪問看護の人が来てくれているのだが、彼らの話ではボケ防止にもなりそう、とのことだった。そして「新曲は?」と催促してくれて、訪問看護に来てくれた時に1〜2曲弾くことが増えた。聴いてもらえるのって、楽しい。
 
そして17LIVEでエレクトーンライバーさんが弾いているのを聴いて私も弾きたくなって始めたのが10月。まだ足がすぐ疲れるので、ゆるゆるとしか配信できないけれど、また聴いてもらいたいな、と思う。
 
コロナ禍で音楽家の友人たちは演奏活動がなかなかできなくなって苦しんでいたけど、私は逆に、コロナ禍ゆえにオンラインで演奏することを覚えた! 訪問看護の人や、近所のおばさま、Facebookの友人が家に来て、ピアノやエレクトーンを聴いてくれるようにもなった。外で演奏会を開くほどには体力も技術力もまだ足りないけれど、おうちで小さな演奏会やライブ配信をするのも私にとっては立派な演奏活動だ。
 
稼げてないから大手を振って「プロ」とは名乗れなくても、演奏活動に復帰したことの意味は大きい。音楽を聴くことすらつらかった十数年前を思えば、天と地ほどの差がある。生きることすら諦めていたあの頃、実家に連れ帰った親に反発していたあの頃、それから震災やコロナ禍を経て、演奏活動に帰ってきた!
 
それが可能なだけの遺産を残して亡くなった両親に感謝しつつ、これからも細々とでいいから演奏活動を続けていこうと思う。
 
ゆくゆくは機材を揃えて、ピアノとエレクトーンの両方でライブ配信をしたいと思っているんだ。人気ライバーになれば稼げる人もいるそうだけど、お金は二の次。まずは音楽家としてのアイデンティティーを取り戻すこと。そして少しずつでいいからファンを増やすこと。
 
トシをとってから始めたエレクトーンがどこまで上達できるか、十数年のブランクがあるピアノがどこまで回復するか、未知数ではあるけど、いろんな人に音楽を聴いてもらえるよう、これからもがんばろうと思う。
 
おばちゃんライバー、始動!
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の講座「実践ライティング特別講座」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

「実践ライティング特別講座」文章を書く前にするべき7つのこと

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-11-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事