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「宇宙人」だなんて思ってごめん


*この記事は、「実践ライティング特別講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

「実践ライティング特別講座」文章を書く前にするべき7つのこと

記事:西元英恵(実践ライティング特別講座)
 
 
「おかあさん、さいごにもう1回だっこして……」
今生の別れのような悲壮感を出し、長男5才が消え入りそうな声で抱っこをせがむ。
私は「おいで」と長男の体を引き寄せ、膝をついて玄関にしゃがみ、ぎゅっと力を込めて抱きしめた。
 
もう会えなくなる……という訳ではない。これから、ファミリーサポートの提供会員さんの元で預かってもらうだけなのだ。時間は3時間。しかし、長男にとってはとてつもなくストレスがかかるようで、玄関に入る前も真っ青な顔をして「なんか吐きそう」とまで思い詰めていた。日頃の環境と少しでも違うことを極端に怖がり、嫌がるのだ。
ファミリーサポートとは地域の相互援助組織で、提供会員として登録がある一般のご家庭にお気持ち程度の料金(1時間600円程度)で子供を預かってもらったり、子供の送り迎えをお願いすることができるシステムだ。今回我が家の依頼は16時からの3時間、提供会員さんのお宅で二人の子供を預かってもらうことだった。
 
どうしても外せない用事があり、子供を連れて行くこともできない。長男が渋るのは想定の範囲内で、やはり朝から何度も「やっぱり僕いやだ」「いかない」と言っていた。
不安で顔色が真っ青になっていた長男と余裕の表情でバイバイする次男2才を預け、私は提供会員さんのお宅を後にした。
 
生まれたときから長男は周囲の変化に敏感で、超がつくほどのデリケートだ。赤ちゃんの頃は授乳をしても、オムツを替えても、抱っこしても夜通し泣くことがあり、新米ママの私は途方にくれた。1才を過ぎて保育園に入れた時も、最初の頃は私が迎えに行くまで泣いていたこともあった。もうそこまでいくと、先生たちも「根性あるよね!」と泣き続けたことへの根気を称賛するほどであった。
 
他が何も見えていないくらいに激しく泣くので、アイコンタクトも取れないし意思の疎通が図れない。そんな長男が宇宙人のように感じて仕方なく「この人はきっと、生まれてくる惑星を間違えたんだ」と何度も心が折れた。
 
一方、次男は眠っているときの生理現象と言われる「新生児微笑」を何度も見せてくれた。長男の時はやっと拝めて「神秘的だ!」と感動するくらい稀だったのに、次男はパチンコのフィーバーかと思うくらいに口角あがりっぱなしの、それはもう癒しのアイドルだったのである。新生児期を過ぎても少しあやせばニコニコと笑う気持ちが安定している赤ちゃんで、泣き続けて親を困らせるということもなかった。
 
赤ちゃんの頃から全くと言っていいほど気質が異なる我が家の兄弟。しかし、ふとひとつの疑問がわく。もし、次男を育てる時くらいに肩の力が抜けていたらもっと違っていたのか、と。
 
ある、看護大学の研究によると近代の母親は、「自らの成長過程で乳幼児と触れ合う機会が少なく、母親としての育児能力を獲得しないまま、結婚や出産に至っていることから、育児における不安やストレスが大きい」んだそうである。
いや、実にそうなのだ。
子供が宇宙人みたいに見えてしまうのも圧倒的経験不足が関係しているのだ。それに比べ、二人目を育てる時は「それくらい、大丈夫でしょ」と母親自身も気持ちの余裕がある為、育児自体を楽しめる。
 
長男が赤ちゃんの頃の私の肩の力の入れ具合いは、もうおかしいほどだった。
汗をたくさんかいただけで「何か病気かしら?」と心配したし(ただ暑かっただけ)、足の短いベッドから少し落ちただけでも血相を変えて病院に駆け込んだ。夜泣きがいつまでも続けば、携帯から#8000をダイヤルし、「小児救急医療電話相談」に連絡した。しかし、いつでも電話先の看護師さんは「おそらく心配ないですね。何かあったらまたかけてきてください」と言った。
 
いつも何かに緊張してガンダムくらいのいかり肩で呼吸も浅かった。私は何と戦っていたのだろうか。本当はそんなに心配しなくても大丈夫だったのだ。冷静に周りが見えてなかったのは長男じゃなくて、むしろ私のほうだ。
 
5才になり手取り足取りで日常のお世話をすることは随分と減った。だが、その代わりに長男はクレーマーのように毎日私に文句を言ってくる。
「今日は自転車でお迎え来てって言ったでしょ!」
「ご飯は食べない! 今日はパンの気分!」
「このおやつ買ってくれないと、ぼく怒るからね」
 
一個一個は大したリクエストではないものの、大人の事情でどうしてもそれを受け入れられない時もある。そういった時に代替案を提案したり、なだめすかしたりするが、気持ちの切り替えがうまくできない長男は最後に大泣きするか、ぶすっとしたまま頑なになって平行線になる。こういう案件が続くとさすがにこちらも大人の仮面を脱ぎ捨て、地面にその仮面を叩きつける。
 
「わがまま言うのも、いい加減にしなさいよーーーーーーーーーっっっっっ! !」
 
いや、いけないのはわかっているのだが、たまにこうやって私の精神が限界突破してしまう。
何かいい方法はないものか。こういう時頼りになるのは現役で「お母さん業」をやっているママ友たちだ。
「最近、うちの子なんか荒れてて……」
公園で一緒になったママ友に思いを吐露する。
「あー、うちもそういう時期あった! うちの場合は長男と私だけで遊びに出掛けたよ」
 
兄弟構成がほぼ同じママさんによると、二人を同時にみる場合、どうしても安全確保のため下の子に意識が向きやすい。そのため長男がほったらかし状態になる。身の回りのこともほぼ自分たちでできる年齢のためもあって親が視線を外すことが多くなってくる。そういう時間が長くなるのに比例して長男が荒れやすくなるというのだ。
 
なるほど! 確かにうちも次男がちょろちょろするのに気を取られて長男の話をじっくり聞いてやる時間が減っていたかもしれない。二人で出掛けることなら、すぐ真似できそうだ。
早速次のお休みの時、次男は夫に託し、長男と二人で近所のカフェに出掛けた。
 
カフェまで歩く際、長男は目に見えるものひとつひとつに感想を述べながらそのゆったりとした雰囲気を十二分に味わっているようだった。
「おかあさん、見て。きょうは車が多いね」
「葉っぱがだんだん黄色くなってきているね」
「おかあさん、きょうの恰好かわいいね」
 
次男と比べるとだいぶん大きいし、年齢的にも「もう小さくない」と思っていた長男だったが、二人でゆっくり歩いていると私より背丈もまだまだ小さいし、肩を抱くとその華奢な感じに思わず
(わー、なんかまだちいさーい)と可愛らしさがギューッと込み上げてきた。
 
カフェに着くと、いつものクレーマーは鳴りを潜め、そこにはただニコニコと可愛い長男の姿があった。
「今日は特別ね」
頼んだデザートをジュースセットにする。デザートが運ばれてきた。「わぁ~」と小さい歓声を上げ、デザートに釘付けになっている。
「全部、食べていいからね」
大きく頷くと長男はスプーンでアイスが乗ったお芋のデザートを食べ始めた。食べながらウンウンと私の方を見ながら何度もうなずく。美味しそうだ。
そんな長男を見つめながら私はコーヒーを飲む。
あぁ長男とのこんなほっこりした時間、しばらく取って無かったなぁ。せわしなく過ぎる毎日の中でポケットに雑に詰め込んでいた長男の可愛らしさをポロポロと道端に落としてきてしまっていたようだ。私は反省の意も込めて、デザートを食べる長男の頭をなでなでした。
 
『「困った子」ほどすばらしい』という本の著者でカウンセラーの池田佳世さんによると「子が親にごねる」ことは親子のコミュニケーションの一つとして有効な面があるのだそうだ。
「子は『ごねて』成長し、親は『ごねられて』成長する。子供が安心して親に『ごねる』ことができればそこから信頼関係が深まる」とあった。
 
そうか、『ごねられる』にはプラスの面があるのか!
もしかして、信頼関係を深めるために長男はわざとごねているのか! ?
だとしたら、クレーマーだなんて言ってごめんよ。
 
いつまで経っても次男より手がかかる長男。私はいつも頭の中でこう思っていた。そのイメージが今後もたやすく覆ることはないだろう。だけど、子育てに近道はきっとない。これからもごねてごねてごねまくりの長男を相手に私もどんどん鍛えられていくだろう。それが信頼関係を深めるために欠かせないものだとしたら、もうしょうがない。半分は諦めの境地だ。
 
幼稚園のお迎えの時間が迫ってきた。今日も敵はごねてくるのか?
ごねられ上等! と気合いを入れて私は自転車にまたがった。忘れがちな長男の可愛らしさを思い出すために、また二人でカフェに行こうと考えながら。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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