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メディアグランプリ

中古車の私

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
ガリッ!
 
背後から異音がして思考停止する。ヤバいと思った時にはもう遅かった。一部始終を見ていたお兄さんが、そっと私から目を逸らし、無表情を取り繕って走り去って行った。去ってゆく白いワゴン車の後ろ姿が、とてつもなく私を憐んでいる。
 
「やってしまった……」
 
コインパーキングでの駐車中、対向車が来たことに慌てた私は、バックの距離を見誤り、車の後部を植込みにぶつけてしまったのだった。10年余りのペーパードライバーを返上して2年。運転が上手くないことは重々承知していたのだけれど、慣れた車にいつものパーキング。油断があったのかもしれない。スーッと血の気が引いていく。すっかり頭はパニックだった。何度かの深呼吸の後、ひとしきり車内で落ち込んで、ようやく方々へ連絡をした。今思えば、怪我人がいなかったことは本当によかった。
 
「植込みの傷は軽度ですし、補償の方は必要ありません。まぁ、お車の方は……傷が着いてしまいましたけれど……」
 
管理会社さんの優しい言葉が身に染みる。大事に至らなかったことは幸いだったが、傷ですっかり老け込んだ後ろ姿に、私も落ち込む。
あぁ、慌てたりせず、ゆっくりバックしていれば……。
修理でパーツ交換するだけで済むことになったが、乗るたびにどうしたって目に入る傷に、私の心もえぐられる。懐も痛い。仕事をしていても、ふとした時に思い出されるので、とにかく疲れた1週間だった。背中にもう一人、背負っているような気がする。重い。
 
これはマッサージにでも行って、良くないものを落としてこよう!
 
そう思って、私はここに来たはずだった。しかし、どうもさっきから様子がおかしい。ベッドに寝転びながら、私はぼーっとするつもりだったのだ。癒してもらって、スッキリ帰ろうと思っていたのだ。なのに何故、私はさっきから怒られているのだ。私の体を触るたび、施術師さんがため息まじりに教えてくれるのだ。
 
「むくみ酷いですねー!」
「はい」
「あ、お酒飲みますか?」
「はい……」
「胃が下がってますね。ちゃんと腹筋と背筋鍛えましょうね!」
「……はい」
 
リンパを流したり、ツボをゴリゴリ押される痛みより、次々と突きつけられる事実に耳が痛い。
 
ゴリッ!
 
肩こりもひどいらしい。さすがにその自覚はあったので、次なる指摘に身構える。
「肩こりが酷いときは、ここを押すといいですよ。ここは自分でも触れますよね」
自分で出来ることは自分でしましょうという施術師さんの言葉に、ぐうの音も出ない。もうこれ以上は辛い事実を指摘するのはやめてくれ! 現実逃避を決め込んで、返事も朦朧としてきたその時、
 
「私たちの体も車と同じなんです。だんだん中古車になっていきます」
 
そっと投げかけられた言葉にハッとした。内心では、どうしてこんなに怒られに来ているのかと、そろそろ腹も立っていた。けれど、「中古車」という言葉がストンと私の中に落ちた気がした。私も30代後半。そろそろ気が付いていたのだ。今まで通りにはいかないぞと。わかっていたけれど、なんとなく見ないふりをしていた。もっと決定的な何かが起こった時に、対処すればいいのだと、たかを括っていたのかもしれない。
 
だけど、私の体は、簡単にパーツ交換できるのか?
当たり前の事実に、今更ドキリとする。
 
「いきなり体を変えることは、できないかもしれません。でも、意識一つなんです」
 
猫背になっていることを自覚して、背筋を伸ばす。初めはピンと伸ばしても、きっとすぐに元通りに背中は丸まってしまうだろう。ただ、ガラスに映った自分を見た時、パソコンの画面を睨んでいる時、ふと気が付いて背筋を伸ばすことが大切なのだ。何度も繰り返すうちに、知らず知らず習慣になっていくことが理想。ただしそれは、「意識」をしないことには生まれない。
 
「カッコいいおばぁちゃんに、なりたいじゃないですか!」
 
茶目っ気たっぷりに笑って、そう、施術師さんは締めくくった。
 
帰りの車内で、ミラーに映る自分と目が合う。赤信号で思わず、グッと背伸びをする。傷つけてしまったこの車も、帰ったら久しぶりにピカピカに洗ってあげようと思う。そういえば、あれからまだ「ごめんね」も言ってなかったなと、ゆっくりハンドルを撫でる。これからは、もっと気をつけて運転するから、嫌がらずにもうちょっと私に付き合ってね。
 
車をピカピカに磨いたら、今度は私も、ゆっくりお風呂に入ろう。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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