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「先生、たいへんなのはあの子だよ」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:多紀理 めい子(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「1年生の女の子を紹介したいんだけど、どうかな?」
初夏。気持ちの良い日の午後、優しそうなお母さんに連れられて、その子は恥ずかしがることなく堂々と教室に入ってきた。
「先生のお教室のパンフレットを見た瞬間、ここだ! と思ったんです」
彼女のお母さんは会うなりそう言った。
 
「わたし、バレリーナになるの!!」
ひとりで教室中をくるくる回りながら踊って見せてくれている。その純粋さは眩しく、幼いころの自分と重なる。
夢を壊さないで黙って見守ってくれた大人たちの存在や、現実を知らせてくれた厳しくもあたたかい恩師たちの言葉が頭の中を駆け巡った。
 
「何かを教える時というのはね、勘で教えることはできないのよ」
それは、私の恩師の口癖だった。
恩師の後を継いで教室を切り盛りするようになってから、その言葉が身に染みる。
 
「多動なんです。幼稚園の頃は、まだまわりの子も小さいのでそれほど目立たなかったけれど、小学校に入ってから教室でじっとしている時間が辛いようで……」
彼女のお母さんは、学校での様子を詳しく教えてくれた。
 
残念なことというべきか、バレエ教室では支援の必要な子どもさんを受け入れるのが難しい。バレエは意外にも口頭での指導方法が確立されている。そして何より、生徒は先生の言ったとおりに黙って実践し、言葉以上の表現を体でアウトプットする力のある者が優秀と見なされる。そうでない生徒への指導方法はないに等しく、たとえ小さな子でも「むいていない」と一蹴されるのが現実である。
 
「先生見てー!」
彼女は自分の足をヒョイと持ち上げ、体が柔らかいのだとやって見せてくれた。
「すごいね! どうやって練習したの?」
すると今度は、あ! と大きな声で叫んで教室を舞っていたタンポポの綿毛に心を奪われ、走って行ってしまった。注意の矛先が目まぐるしく変わっていく、愛らしいおかっぱの女の子。
受け入れるべきか、お断りすべきか……この時、私は本当に悩んだ。
 
彼女が教室に入ってくると、予想していた通り一緒に練習するのを嫌がり教室を離れてしまう子が出てきた。いわゆる定型発達の子どもたちは動揺し、あの子がいると集中できないからほかの教室に行くことにしたと風のうわさに聞き胸が痛んだ。
 
真剣にレッスンに通ってきてくれている生徒さんより、彼女は根本的なところでとても手がかかってしまう。やはり、私には支援を必要としている子どもさんを受け入れる器はないということだろう……
芸術はすべての人にその門が開かれている存在であってほしいなどと日ごろ偉そうなことを言いながら、いざとなったらこんなに手を焼いている。彼女にレッスン中の空気をかき乱されてばかりで、ほかの生徒の指導もおざなりになっている。この現実に葛藤した。
 
やはりお断りしよう。
私は彼女のご家族にあてたお断りの言葉を考え、復唱し始めていた。
 
「ほかのお子さんが嫌がるんじゃないかと心配です」
敏感な彼女のお母さんは、これまでもあらゆる場所で同じような思いで過ごしてきたことを、ぽつりぽつりと語った。それでも私はなかなか今後も彼女を教室に受け入れる気にはなれず、専門家の方にお任せするのが彼女にとって一番幸せなことだと思うと言おうとしたその時、
「ねぇ、いっしょにれんしゅうしよう?」
一人の生徒が彼女の手を引いて、嬉しそうに鏡の前で練習を始めた。
「ね? わたしもみぎとひだり、いつもまちがえちゃうの。だからいっしょにれんしゅうしよう?」
 
鏡に映る二人の姿は、気が付けば涙でぼやけてしまっていた。私がさっきまで言おうと準備していたお断りの言葉は、この時、脆く崩れて消えた。
 
それからレッスンごとに、彼女の様子をできるだけ細かくお母さんと共有し、私も専門書を読みながら彼女の心に起きていることを学んだ。
面白いことに、専門書を読めば読むほど「多動? これって私のことじゃない?」と共感できる部分が多いことにも気が付いた。
 
「誰も完璧な人なんていないのよ。生まれた瞬間からその命が尽きるまで助けが必要。未熟なものなんだから……人間は」
私を育てた母は言った。
 
多動と診断された彼女と、定型発達と言われている子どもたちとが同じ教室でバレエを学んでいる。
実は様々なテストの結果、彼女は言葉でうまく伝えることができないので、相手に気持ちが伝わらないとパニックを起こしてしまうと言われてきたそうだ。
言葉でうまく気持ちを伝えるなんて、大人の私でさえうまくできていないのに。まして小さな子どもにそれを期待してしまっているのは、大人の私たちの方ではないか……
 
ある日、彼女の手を取り一緒に練習しようと誘った生徒に、あの子と練習することをどんな風に思っているのか聞いてみることにした。
 
「どんなふうにおもってるか? あの子ががんばれたらいいなとおもってるよ」
 
「先生、どうしてそんなこときくの? みんなやめちゃったから?」
たった8歳の女の子に心の底を見透かされ、私はうまく言葉を返せずにいた。
 
「先生、たいへんなのはあの子だよ」
まるで、目が覚めるような思いだった。
 
今、彼女はたくさんの生徒たちと共に過ごしている。
レッスン中にタンポポの綿毛を見つけても、もう一人で追いかけることはない。レッスンを中断し、みんなと、私と一緒に追いかけている。
 
 
 
 
***
 
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2021-12-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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