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デッドボールのお葬式

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光村 六希(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
年長の娘が、最近私にあまり話をしてくれなくなった。いつもなら、女子力の高い娘は、朝起きた瞬間からいろいろと可愛い声でおしゃべりを始める。「〇〇ちゃんと遊ぶの楽しみだな」とか「△△くんの靴は黄色なの」とか、他愛もない話題だ。
 
私自身は女子力が著しく低く、投げられた言葉に同調するよりも「それはこういうことね」と状況を客観的に見て要約しようとしたり、何を返せば論理的につながるかを考えつつ、「なるほどー」なんてヘンな言葉でとりあえず相槌を打ったりして、相手を戸惑わせる。当然、女子トークなど超苦手だ。将来高齢者になる頃には、仲間と連れ立って仲良くお喋りするおばあちゃんではなく、いつも一人でその辺をフラフラしている寡黙なおじいちゃんになってしまうのではないか、と内心恐れているくらいだ。
娘は、その私から生まれたとは思えないほど、誰も傷つかない微笑ましい話題で皆とコミュニケーションを取っていく。素敵。自分の子どもと思えない。
 
なのに娘はこの数日間、あまり私に話さなくなった。他の家族には普通に話している。
気になって、保育園からの帰り、車の中で二人きりになった時に、「なんか最近、お母さんにあまりお話ししてくれないことない?」と聞いてみた。
すると、しばらく考えてから、ためらいつつも、でも目はじっとこちらの反応を見ながら
「どうしてお母さんの言い方はきついの?」と言ったのだ。
 
その言葉に私はハッとした。ここ最近の娘とのやり取りを思い出す。
そういえば最近、来年から小学校に行く娘に対して、日頃の生活態度やマナーについて少し厳しく言うようになっていた。しかし、娘からしたら、これまで注意されなかったことを注意されるのは、面食らう出来事だったのだろう。
すでに習慣となっている行動は、当然一度や二度の注意では変わらない。私はその度に注意し、だんだん、声を強めることも出てきた。
特に、今より家を出るのが30分も早くなるのだが、娘は朝食欲がないのか、朝ご飯に本当に時間がかかるのが気になっていた。そのため、朝ごはんを食べない娘に「皆と一緒に学校行かないつもり?」と脅しのような言葉がけをしたり、「そんなに朝ご飯食べないなら、もう夜にデザートあげない!」と怒ったりしていた。良くないと思ってはいるものの、「今のままではまずい」と意識してほしくて言っていた。娘は大きな声やきつい口調も苦手で、何度か涙ぐませてしまった。
 
そうやって考えていると、私は言葉が返せなくなってしまった。
「なぜ私はきつく言ってしまうのだろう」
娘を保育園に預けた後、一人で車に乗って仕事先に行くまでの間、私の頭の中を、これまでの人生で起こったことが走馬灯のように駆け巡った。まるで死期が近いとでもいうように。
 
言葉を話し始めた時から口調が何ともやさしい娘とは正反対に、私は物心ついた時から言い方がきつかった。夏生まれで体が大きく、話し始めるのもひらがなを覚えたのも九九をお覚えたのも周りの誰よりも早かった私は自信満々な、いや、自信過剰な子だった。だから、同年代の子達が一生懸命何かをできるようになろうとしたり、一生懸命自分の考えを言葉にまとめようとしたりしている時に、私は「それが難しいの?」とものすごく上から目線で、「こうやればいいんだよ」ときつい口調で教えていたような気がする。
 
いや、それだけじゃない。生まれ育った実家では、キツイ口調でないと生き残っていけなかった。
会話はよくキャッチボールに喩えられるが、私の実家では、祖父、祖母、父を中心として行われる会話は、ただただボールの投げ合いだった。
皆が、思いついた話したいことを話す。聞き手は「それよりも、私はね……」「それはそうだが、今日はこんなことがあって……」といった感じで、リアクションや返事というよりも自分の話したいことを話す。好き勝手に投げられた言葉のボールは、誰のグローブにも入らない。そもそも、グローブを狙って投げられていないのだ。そして誰もが落ちたボールを拾おうとせず、また自分が投げたいボールを投げるのだ。次々と湧き出てきては投げられ、地面にポトポト落ちるボール達。祖父母と息子である父親が主に行う会話の中で、母だけがおとなしく聞き手、受け手になっていた。私と弟はそれを聞きながら黙々と本を読んだり別のことをしたりしていた。
だから、話したいことがあれば、注意を引くために、大人の投げるボールよりも目立つボールを投げる必要があった。または、今投げられているボールをできるだけ強い威力で叩き落とさなければならない。そのために、おそらく強い口調を自然と身に着けたのだと思う。
 
「私の話し方はおかしい」と気づいたのは、大学生になって友達が増えた時だった。高校生までは友達が少なくて、そこまで自分の会話力を気にしていなかった。いろんな子達と話す機会が増えた時、私は会話のキャッチボールに入れないことに気づいた。他の子達が、互いに会話のボールを投げ、誰かが取り、取った人は、他の人が取りやすいようにまたボールを投げる。または、お約束的に会話のつながりのルールを絶妙に外して笑いを取る。そういった会話のキャッチボールのやり方が身に着いた皆が自然にやっていることがとてつもなく難しかった。黙って聞いていると「どうしたの? 静かだけど」と気遣われた。それがまた苦痛だった。「そうか、私、他の人達と会話のパターンが違うんだ」と痛いほど思い知らされた。
 
なんとか会話でボールを相手に向かって投げることを意識できるようになり、少なくともボールを勝手に投げたりせず、キャッチできそうな球が来た時は取って投げる、ということを意識できるようになったのは、だいぶ後になってからだ。相手に気を遣ってボールを投げられるようになった。それでもそのピッチングはかなり不自然さがあり、緊張する。なのでできるだけキャッチボールにはしゃしゃり出ず、隅っこから大人しくキャッチボールを観戦していることが多い。
 
そんな特異な環境で私は数十年生きた。だからキャッチボールが不得意で、ボールをきつく投げてしまうのは仕方ないじゃない。心の中で、娘にきつく言ってしまう言い訳をする。
「家にいる時くらい、気を遣わずに言わせてよ。親戚やご近所にも気を遣い、子どもにも気を遣わないといけないのだろうか」と独り言ちる。
 
わかっている。娘の気持ちはわかっている。
ちょっと前まで、もう少し優しい言葉で、ゆったりと話しかけられていたはずなのに。
なぜだろう。
たぶん、それはキャッチボールの経験の話だけではない。私自身の「言葉を投げる」という、投球への意識の問題ではないだろうか。
 
そうだ、きつく言う時、私は相手に自分の感情を伝えて相手の体勢を曲げようとしているんだ。それは「きつく言いたい」という気持ちの問題と「きつく言わなければならない」という信条のようなものがあるからだと思う。
優しいボールでは相手が注意力散漫になるので、相手に注意してもらうためにデッドボールを投げるのだ。
 
そう言えば、私の実家の家族の面々は、言葉のデッドボールのプロだった。
感情的に話していた時に、父から「うるさい、キャンキャン言うな。そんな女は嫌われるぞ」と言われた。そんな言葉を筆頭に、機嫌の悪い時中心に、〇〇ハラスメントと言われるような言葉をいろいろ投げつけられた。
母にも常々、きつく言われて曲げられてきた。勉強しなさい、ピアノの練習真面目にしないとダメ、お父さんやおじいちゃんの前ではいい子にしなさい、おじいちゃんとおばあちゃんがうるさいというから家に友達を呼んではダメ、……。
それが心地よかった部分はある。たとえば、勉強を真面目にやったので成績がよかった。でも、自分の自由を奪われて、形を曲げられたとは、同時に弊害も生み出した。
自分で選び取ったものか、常々不安が残り、それは自己肯定感に影響した。
 
言葉のデッドボールは怒りとともに投げられる。策士は、気持ちを見せずにデッドボールをさりげなく投げて相手を窮地に追い込むかもしれないが、私の周りの人たちは「炎のピッチング」とばかりに、怒りで燃え盛る球を投げ込むのだ。怒りの沸点が低いのかもしれない。
 
そうだ、私も子どもにキツく言うのは熱くなっている時だ。
なぜ熱くなるのだろう。
結局一つは相手のことが心配だから。もう一つは自分の思い通りにならない苛立ちをぶつけている。そしてこちらの方が、実は大きいような気がする。
気持ちに余裕がなくなり、イライラすると相手にイライラと一緒に言葉を投げつけるのだ。
たとえば、子どもを習いごとに連れていく時、私の仕事の都合でどうしてもギリギリの時間にしか用意が始められない。子ども達はそんなにてきぱきと支度できない。ふざけたりやりかけている遊びを中断できずにのろのろしている。そういうのが積み重なり、間に合うか怪しくなると私は怒るのだ。「もう! そんなんなら、習い事やめなさい!」と。
 
でも、思い通りにならない時、いら立ちで言葉をぶつければそれは変わるのだろうか。
いや、思い通りに変わることが可能性ゼロだとは言わないが、かなり確率が低い気がする。
人は、言われた通りにする場合と、言われたことを受け流したり、受け身でかわして違う形になったりする。たとえばきつく言われてもそれを受け流す力を持ってしまうように、だ。
 
「勉強しなさい」と言われて勉強するようになる子もいれば、そう言われて宿題の答え丸写しをノートに書く子もいるだろう。本来、勉強するようになってほしいはずなのに。でも、相手によって、行動がどう変わるかは様々なのだ。
だから、怒っても利かない場合は、一緒に勉強してみるとか、興味が出てくるように何かしかけるとか、相手の自主性に任せてどんと構えるとか、幾つか方法があるだろう。
 
うちの子達が習いごとに行くための準備に時間がかかるのも、本来ならもっと時間に余裕をもつべきだし、それが難しければ、よくある「タイマーをかけて何分何秒で用意ができるか競争する」といったゲームに変えてしまうことだってできるのだ。
 
言葉のデッドボールは、自分の感情を吐き出すことに近い。感情を吐き出すことでスッとすることもある。でも、それは誰かに投げつけるデッドボールである必要はない。ただ、怒りの矛先がその人に原因がある場合が多い。だから安直に怒りをデッドボールにして炎の球にして相手に投げつけてしまう。
でも、ド直球のデッドボールを投げても、相手は変わらない可能性も高い。娘のように、痛みでうずくまってしまう場合だってあるのだ。
だから本当は、どうやれば本当に相手に響くのか、考える必要があるのだ。相手に合わせてやり方を変える。
ゴールは相手の行動を変えること。本来、その人に伝えたかったことを大切にすること。そしてそれは、どんな種類の言葉をかけるか、というだけではない。言葉である必要はないのだ。一緒に寄り添ってもいい。黙りこんでもいい。
そうやって娘のためを思うなら、自分の感情を爆発させることでなく、相手の行動を変えることを第一にするべきなのだ。
 
それは結局、私の想い。大きな声を出して子どもの心に響くかどうかは、それは受け手の問題だ。私がそこに入ることはできないのだ。
本当は、子どもの心に響く言い方は、相手を見て探さなくてはならないはず。
受け手の問題を考えることが大切なのだ。
 
娘は、私のデッドボールにあたって痛くて、デッドボールを投げる私の発する言葉に怯えている。
痛がる娘に対してできること。まずは私の自分勝手を謝ること。そして、伝えるために、デッドボールは封印すること。本当は、子どもの心に響く言い方は、相手を見て探さなくてはならないはず。
そうだ、デッドボールのお葬式だ。
私がきつくモノを言うのは、きっともう家族の呪縛じゃない。
私自身の心に余裕がない時ということと、相手の行動を変えてほしい時なのだ。
そういう時、どうするのか。ストレートに言葉を投げつけても仕方ない。
自分の過去の話にたとえたり、怒る代わりに静かになったり。
相手の行動を変える方法は、一つではない。それを考えるんだ。
それを、私の、娘を大切に思う気持ちの表れにするんだ。
 
それに気づいた後、私は娘に言った。
ごめんね、お母さんきつかったわ。怖かったでしょう?
うん、と娘はうなずいた。「お母さん好き。でも怖い」と。
怖いと好きの間。その狭間にいる子ども達は他にもいるのかもしれない。
身近な大人は安心できる存在で、昔からずっと見ていてくれる存在のはず。でも、怖い。
 
怖くしないことはできない。私は「怒らない育児」はできない。だって、怒らず注意するだけでは人は利かない場合もあるから。そして私も人間だし。
 
 
 
過去のことが走馬灯のように駆け巡ったが、死期が近かったのではない。
私自身の言葉のデッドボールの死期が近かったのだと思う事にする。
 
さよなら、言葉のデッドボール。
人と繋がるのは、相手が受け止めやすい球を投げた時なんだ。
 
 
 
 
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2021-12-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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