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歴史博物館で神々と暮らして分かったこと


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記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
人には誰しも、当時は逃げ出したいくらいであったのに、後から振り返ると、その経験が人生の糧になっていたことに、ふっ、と気づくことがある、というのは本当で、例えば、部活の先輩の理不尽さ、大学受験時代の広辞苑並みに分厚い問題集、新社会人として初めて担当した顧客からの陰湿なクレーム等、当時は嫌で嫌でしょうがない日々であったのに、10年とか20年を経たのち、その経験がいつのまにか自分の血となり肉となっていることに、はた、と気づき、あら? よく考えたら、これって人としての引き出しが増えたってことじゃんね、ラッキー! と思えるようになるものである。
 
かくいう私にも、当時は暗澹たる日々で、正直言って殺意さえ覚えたものの、いま思い返すと、そこで体験したことが今の自分のアイデンティティ、とまでは言わないが、考え方の一部になっているやも知らん、という経験があるのであって、それはほかでもない、大学時代に過ごした歴史博物館のような学生寮「K」での禍々しい日々のことなのである。
 
生まれてこのかた九州の地方都市で、平凡を絵に描いた人生を送っていた私は、大学進学を機に上京し、九州出身者が集まる学生寮「K」に入寮する運びとなった。
 
中学高校と、部活に熱中するでもなく、かといって色恋に熱を上げる器量もなく、ただただ漫然とサブカル誌を眺めテクノポップを聴き、灰色の時間を過ごしていた私は、早くここから抜け出したい……そうだ、東京に行こう! 東京に行けば、人生がもっと華やぐに違いない! と何の根拠もない想念に縛られていた。
 
そんな私が入寮した「K」は、渋谷と新宿の間に位置し、屋上から新宿高層ビル群や明治神宮の森が見えるほど東京のただ中にあり、都会に憧れる純朴青年が心浮かれるには、そう時間は掛からなかった。
 
これで俺も都会人!
ドラマで観た、本で読んだ、あの世界の住人になれる!
そうしてキャンパスライフで、可愛いあの子とブイブイいわせてやるぜ!
 
中学高校と、女性と手を握ったことすらなかったのに、すでに経験豊富なシティーボーイを気取った、その実、正真正銘のカントリーボーイの私は、これから始まるであろうトレンディーな生活を夢想し、ひとりニヤついていた。
 
しかし、思い通りにいかないのが人生である。
 
それが証拠に、当時の時点で学生寮として50年以上の歴史があった「K」には、平成の当時でさえ耳を疑うような、トレンディーとは真逆の、昭和の軍隊的かつバンカラな風習が幅を利かせていたのであった。
 
「ちょっと変わったところ」とは入寮前に聞いていたが、そこは適当に、田舎の純朴青年ヅラをしてやり過ごせば何とかなるだろう、くらいに思っていた。
 
が、甘かった。
 
「K」はその軍隊的風土から、上級生の言うことは絶対であって、特に最上級生である4年生は先輩というより上官、いや、神として崇められていた。
 
その洗礼を受けたのは入寮して間もない4月、「K」に代々伝わる「部屋まわり」の時であった。
 
「部屋まわり」とは、新入生が4年生の各部屋をまわり、入寮の挨拶をするというもので、前日に渡された寮の規則(A4で10ページ程度の文章)を丸暗記して、神の前で一言一句間違えずに絶叫、「一文字でも間違えようものなら、4年生への粗相として鉄拳制裁が飛んでくる場合もあるから、そこんとこよろしく」(世話役2年生の談)という、アンチトレンディーも甚だしい「K」の入寮儀式なのであった。
 
神側もテンションが上がっていたのであろう、規則を何度も読み直させる、タバコの煙を顔に吹きかける、酒を強要する、全裸になるよう命令する(命令した神本人はすでに全裸)等、新入りにナメられまいと、手を変え品を変え、その神っぷりを緩めることはなかった。
 
「部屋まわり」以降も、明け方に集団で部屋に押し掛け酒盛りを始める、居酒屋に呼び出し女性に声を掛けさせる、夏の暑い日に遠くのアイス屋からアイスを溶かさずに買ってこいと厳命する等、神々のいたずらは止むことはなかった。
 
中学高校と、人生の基本方針を帰宅部として活動してきた私にとって、厳格な軍隊的上下関係で運営される「K」での生活は、カルチャーショックを通り越して、次第に神々への殺意を抱くまでになった。
 
いくら何でも平成の世に、こんな太平洋戦争末期の、旧日本軍的な同調圧力でもって運営されている若者の集団があるなんて……しかもそれが、夢にまでみた東京のど真ん中で実際に起きていることなんて……。
 
昭和軍事史を専門とする歴史博物館の館内で生活をしているような、そんな錯覚にとらわれた私は、入寮を勧めた両親と、立地的トレンディーに目がくらみ、その勧めに安易に乗った自分を呪った。
 
俺のトレンディーを返してくれ! と、泣きたくなる日々であった(実際にちょっと泣いた)。
 
が、ドストエフスキーも言っているように「人間とは何事にも慣れる生き物」である。
 
不思議なことに半年も経つと、当初は嫌で嫌でしょうがなかった「K」での生活にも慣れ、神々との付き合い方のコツも分かってきた。
 
神々も常に理不尽なわけではなく、普段は就職活動をしていたり、人生に悩んでいたり、通常の若者らしい側面が嫌でも伝わってくるのであった。
 
神々の中にも、実はトレンディーな日常を送っている神(寮の中だけで神を演じる、いわゆるビジネス神)が数名いることも分かった。
 
そして不思議なことに、ビジネス神であればあるほど優秀で、寮を自身の絶対的拠り所とする上下関係原理主義的な純粋神に比べて、大学生活や将来設計が上手くいっているようだった。
 
寮に帰れば俺は神だ! という人として(神として?)の驕りや傲慢な意識が、寮以外での生活であらゆる不都合を生じさせているであろう純粋神に対し、ビジネス神には「寮は寮、それ以外はそれ以外」と割り切れる大人の格好良さがあった。
 
無論、ビジネス神は、純粋神とも、彼らの自尊心を傷つけることなく、適度な距離感を保ち、良好な関係を作っていた。
 
自身の置かれている状況や立場を冷静に判断し、周囲に角を立てず、したたかに役割を実践できる年の近い大人を、私は生まれて初めて見た気がした。
 
まさに、捨てる神あれば拾う神あり、であった。
 
それからというもの、ビジネス神に倣って「寮は寮、それ以外はそれ以外」という行動指針を忠実に守ることに快感を覚えた私は、セルフイメージを「純粋な新入り」から「ビジネス新入り」に切り替えることで、寮生活及び大学生活を上手く立ち回ることが出来たのであった。
 
その後、社会に出てからも、ビジネス神から学んだこと、あるいは純粋神を反面教師として学んだことは、日常や仕事のいたる所で役に立っている。
 
人には誰しも、当時は逃げ出したいくらいであったのに、後から振り返ると、その経験が人生の糧になっていたことに、ふっ、と気づくことがある、というのはやはり本当で、当初、殺意を覚えたほどであったのに、いま振り返ると、歴史博物館のような学生寮「K」で、神々と暮らした禍々しい日々は、確実に私の糧となっているのであった。
 
 
 
 
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2021-12-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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