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「ある日バッサリ髪の毛を切った」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青木 文子(ライティング・ゼミ名古屋会場)
 
 
「本当に、いいですね?」
 
念を押されて、少し動揺する。
もう、いいよね、と鏡の中の自分の目をみて問いかける。浮かんできた答えはYES。もう次の扉を開けたいのだ。このままでない次の自分に行きたいのだ。目線を上げると、今度は鏡の中で美容師さんと目が合う。あらためて決心してうなずく。私がうなずいたのをみて、美容師さんも軽くうなずく。
 
「わかりました。では切りますね」
 
シャンプーとトリートメントが終わった髪の毛をタオルドライして座った鏡の前。美容師さんは髪をクリップで止めていきなりハサミを入れた。耳元でジョキリ、ジョキリと音がする。バサリ、バサリと音がして、束感のある髪の毛が床に落ちる。鏡の中の目測で、軽く15cmは切っている。思わず目を閉じる。
 
「ここからあと10cm以上は切りますよ」
 
8年前から伸ばし始めた髪。いつの間にか自分の定番になっていたロングヘアをカットに来たのだ。周りの鏡の前には20代の女の子たちが美容師さんと楽しげにトークしている。
 
物心ついてからずっとショートカットだった。活発で男の子のような服装をしていることが多かった。だから男の子に間違われることもよくあった。自分でもショートカットが似合っているとは思っていたが、それは逆に女の子らしく髪の毛を伸ばすことへの憧れと、長い髪の毛が自分に似合わないという思い込みとないまぜになっていた。
 
髪の毛を伸ばそうと決心したのは8年前のことだ。
きっかけはヘアアレンジを教えてもらう教室にいったことだった。ヘアアイロンで自分の髪の毛をアレンジできるようにする教室の初級。髪の毛を巻いて嬉しくなった私はすぐに中級を申し込もうとした。すると講師に止められた。
 
「う-ん。ぶんちゃん(私はぶんちゃんと呼ばれている)せめてセミロングまで伸ばしてからでないと。中級もったいないかも」
 
そうなの?!
そこから勢いで髪の毛を伸ばして1年半して、念願の中級に通ったのだった。
 
そこから更に伸ばしてロングヘアで8年がすぎた。
 
切ろうと思ったのは昨年の夏。自分がどうにもこうにも煮詰まっていることを感じていた。大きく変わりたい。そうしているうちに「髪の毛をバッサリ切ろう」という思いが自分の中で膨らんでいた。
 
「今、ショートカット、流行っていますよ」
 
美容師さんの言葉で思いふけっていた回想から我に返る。カミソリで軽やかにレザーカットを入れながら美容師さんが言った。この美容師さんの名前はSさん。界隈ではショートのSと二つ名をとるショートの名人という。
 
「もともと僕、ショートカットが好きなのに苦手だったのですよね。それが悔しくて。だからめちゃめちゃ練習も研究もしましたね」
 
周りを見渡すと、この美容室はたしかにショートカットをオーダーしている人が多い。Sさんのもとにはバッサリショートにしたい人が訪れるという。
 
Sさんに出会ったのはインスタグラムからだった。
バッサリ髪の毛を切ろうと考えて、どこの美容院に行こうか迷ったのだ。
 
今どきはどうやって美容室を探すのだろう。美容師の世界ではインスタグラム集客が花盛りだ。試しにインスタグラムで検索してみるといい。美容師さんのショートカット投稿が山のように出てくる。迷っている間、ショートカットが上手い東海圏の美容室をインスタグラムで探すのが楽しみになった。
 
そうして見つけたのが名古屋の美容室所属の、「ショートのS」と二つ名を持つ美容師のSさんだった。
 
ショートカットは美容師の技術が如実にでる。あちこちでショートカットをしてもらってきた体験から、それは断言できる。地元の名古屋だけでもいくつもの美容室を体験しているし、東京時代は表参道や代官山の美容室もあれこれ通ってみたものだ。
 
形だけショートカットのアウトラインをつくる美容師さんにあたると、すこし髪の毛が伸びただけで全体の形が崩れる。カミソリを使ったレザーカットで闇雲に髪の量を減らす美容師さんにあたって、寝癖がひどくなったこともある。
 
気持ちよくカットは進んでいく。途中、ドライヤーで一旦乾かした後に、毛量の調整をしていく。うむむ、上手い。私は襟足が下の方まであって、その処理にいつも苦労するのだが、襟足の処理も上手い。
 
ショートカットの技術がよく分かるのはカットして帰ったあとからだ。ショートカットの技術の私的チェックポイントは3つある。朝のセットに再現性があるか? 寝癖など髪が余計なところでハネないか? そして髪が伸びてくるとともに形が崩れないか?
 
朝の再現性は、女性の多くが経験あるだろう。美容室でどんなに素敵に髪の毛を決めてもらっても、家ではそのヘアスタイルが再現できない。2つ目の寝癖はショートカットの宿命みたいなものだ。ショートカットの大敵は寝癖である。ロングヘアにして気楽になったのは、朝の寝癖問題がなくなったことも大きい。そして3つ目、ショートカットは2つにわかれる。ショートヘアは少し髪が伸びただけで形が崩れるカットと、2ヶ月近く伸ばしても全体の形を保っているカットと。
 
Sさんのカットは驚くことにこのチェックポイントがすべて合格だった。しかも高得点で合格だった。インスタでフォロー数が多く、ショートのSという異名は伊達ではなかった。
 
2ヶ月後、予約をとってショートのSさんの美容室に行った。2ヶ月ぶり4回目のカットだ。
 
「青木さん、結構伸びましたね」
 
久しぶりに美容室の椅子に座った。最初はおそるおそる来たこの美容室だけれど、今ではSさんに絶大の信頼をおいている。
 
いつものようにSさんの手は軽やかに動く。手を動かしながらSさんは語る。
 
「今もショートにカットさせてもらうと発見がありますよ」
 
「ショートカットって職人仕事な感じがするんです。同じイメージのショートカットにしようと思っても、人それぞれ同じ切り方ではならないのですよね。ほら、人の頭って形も髪質も違いますから」
 
ショートカットは手入れが大事だ。それは端正に育てられた庭木を剪定しながらその美しい形を保っていくのと同じである。そして腕利きの庭師と出会えた庭はいつまでも美しいだろう。ショートカットの美しさは腕利きの美容師との出会いにかかっている。
 
高峰秀子という大正生まれで昭和に活躍した女優で随筆家の方がいる。その方の随筆の中で、庭師の話が出てくる。完成形をみて庭師の方が庭を剪定する。頑固な庭師は自分の意志を押し通す。しばらくして庭をその庭師の方が覗いているのを見かける。その庭師は小さく「うむ、上手く行っている」とうなずいてつぶやいていたという。
 
ショートのことを語るSさんは楽しそうだった。しばらくすると、鏡の中にショートカットのシルエットが浮かび上がった。
 
「素敵なショートカットが復活ですね」
 
後頭部を一抱えもある鏡で見せてくれながらSさんが明るい声で言った。鏡の中の私をみて、いや、鏡の中ショートカットをみてSさんはこれで完成とでもいうように満足そうにうなずいた。
 
 
 
 
***
 
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2021-12-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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