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メディアグランプリ

源泉かけ流しと化した私


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
人は誰しも、その毎日を安心安全に生きたいと思う生き物なのであって、例えば地震、カミナリ、火事、親父(頑固)といった恐怖体験は、なるべくならこれを極力回避したい、あるいはそれらと一定の距離を取って万事にヒップでホップな人生を過ごしたい、と思うものである。
 
かくいう私も、地震、カミナリ、火事、親父(頑固)はもとより、例えば出張で乗った新幹線で食べようと買ったお弁当に割り箸が付いていない、慌てて入った駅のトイレで事後紙がないことに気づく、オシャレなお店のドア前で自動だと思ってじっとしてたら手動だった……といった、私が過日遭遇してきた恐怖体験の数々も、出来ることなら今後なるべくこれらを回避したい、あるいはこれらと一定の距離を取る努力を続け、万事にヒップでホップな人生を過ごしたい、と心から思っている。
 
そして万が一、そんな場面に再度出くわしても、私はもういい歳をした大人であって餓鬼の使いではない、というやや高い意識でもって、極力感情的にならない、声を荒げない、怒りにまかせて汚い言葉を吐かない、現実を呪わない等々、私が私なりに決めたヒップでホップな人生を過ごすための自分との約束事は、これを絶対に守りたいと常々思っている。
 
が、そう上手くいかないのが人生である。
 
「運転手さん、ちょっと! 信号、赤ですよ! あー! かー!」
 
私は早速感情的になっており、かつ声を荒げていた。
 
先日の仕事先での移動時のことである。
 
次の目的地まで歩いて行けなくもない。が、歩いて行くと微妙に時間に間に合わない、そんな距離だった。
 
タクシーを選択した私は、仕事の疲れもあり、後部座席にドカっと座るなり、師走の街の風景をボサっと眺めていた。
 
5分ほど経った時だろうか、ふと前を見ると交差点の信号が赤なのに気づいた。
 
反射的に、身体が減速に備える感覚になった。
 
「停車したらスマホでもチェックしよう……」
 
そう思って、コートのポケットをまさぐりスマホを取り出そうとしたのも束の間、身体の違和感に気づいた。
 
車が一向に減速しないのだ。
 
「え?」
 
思わず運転席に目をやった。
 
運転手氏はじっとハンドルを握ったまま、心ここにあらず感まる出しで、赤信号に全く気づいていない様子だった。
 
恐怖を感じた私は、そして叫んだのであった。
 
「運転手さん、ちょっと! 信号、赤ですよ! あー! かー!」
 
我ながら、いい歳してバカみたいに声を荒げてしまったし、自分との約束が……とも一瞬思った。
 
が、そんなことは言ってられない程、運転手氏の心ここにあらず感は凄まじく、彼の背中からは静かな狂気さえ漂っていた。
 
「何ですかこの空気感は……」
 
違う恐怖も感じた私はさらに叫んだ。
 
「あの、運転手さん! 運転手さん!」
 
我に返ったのか運転手氏はブレーキを踏み踏み、タクシーは横断歩道ギリギリ手前で停まった。
 
目の前には横断歩道を渡る人々。その先には右に左に行き交う車。
 
危うく交通事故になるところだった。
 
こちらの信号は完全に赤。なのに、運転手氏は明らかに速度を落とす気配もなく、交差点に進入しようとしていたのだった。
 
仕事の疲れも一気に吹き飛んだ。
 
「えっと、すいません、今の赤でしたよね? もちろん分かってらっしゃいました、よね?」
 
出来ることなら万事にヒップでホップな人生を過ごしたい、と心から思っている私は、努めて平静を装い、明るめの声音でそう聞いてみた。
 
百歩譲って運転のプロなりに、スピードを出しつつも停まる時はソフトタッチに停まれる、そんな素人には分からないプロの矜持と高等技術があるのかもしれない、と思ったからだ。
 
が、そんなものは何もなかった。
 
それが証拠に運転手氏はサラリとこう言った。
 
「あは、赤でしたね! 考えごとしてまして……実は今月でこの仕事(タクシー運転手)辞めるんですよね。で、次の仕事のことで頭がいっぱいで……あはは、スミマセーン!」
 
その無駄に明るい応答ぶりに、そしてその言い訳に私は明確な怒りを覚えた。
 
これまでタクシーに乗っていて、先を急ぐ意図でもって黄色信号での交差点進入は何度も経験したことがある。
 
が、完璧な赤信号での交差点進入未遂は初めての経験だった。
 
それも「考えごとしてました……次の仕事のことで頭がいっぱいで……」って!
 
タクシー運転手という職業に対しても失礼千万なような気がした。
 
そう考えると私の怒りは沸点に到達しつつあった。
 
自分でも驚いた。
 
こんな激しい怒りの感情が自分の中にあったなんて。
 
ちょうど良い湯加減だと思っていた温泉の源泉温度が、実は大量の冷却水で冷ます必要がある程の高温(100度くらい)だと知ってしまった、そんな感覚だった。
 
怒りの源泉かけ流しと化した私は「何とかして運転手氏にギャフンと言わせたい!」とまで思うようになった。
 
「ヒップとかホップとか、もうどうでもいい!」とまで思った。
 
しかし、である。
 
ここで怒りにまかせて感情を爆発させたが最後、もう二度とちょうどいい湯加減の温泉を楽しめないような気もした。
 
負のエネルギーは必ず自分に返ってくる。
 
ここで私が運転手氏に発する負のエネルギーは、必ずまたどこかで私に返ってくる。
 
そして自分に返ってきた負のエネルギーを、またどこかに向けて発散しようとして同じことを繰り返し、永遠に負のスパイラルに陥ってしまう。
 
そうすると私は常に源泉かけ流しの高温のままでいなければならず、とてもじゃないが熱すぎて自分自身を楽しめないような気がしたのだ。
 
そうこうしているうちにタクシーは目的地に到着した。
 
何とかして自分なりに冷却水を用意し、ちょうどいい湯加減に戻りつつあった私は、料金を支払って無言でタクシーを降りたのであった。
 
たった10分足らずの間に自分の源泉の温度とその調節方法を知れた私は、引き続き今後も、万事にヒップでホップな人生を過ごしたい、と心から思っている。
 
もちろん、ちょうどいい湯加減で。
 
 
 
 
***
 
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2021-12-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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