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なんかほんのちょっと惜しい人とマインドフルネス

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山口ななかまど(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
世の中には「なんかほんのちょっと惜しい人」がいる。私である。
何か物事を始めた時に、割と良いスタートダッシュを切っているように見えるので、一見「この人何か面白いことやってくれるんじゃない?」と周囲に錯覚を起こさせ、また自分でも「なんか今回はうまくやれるんじゃないの?」と自身に期待をする。しかし、最後までそんなペースでやり切れるという物事がなかなか見つからない。段々とペースを落とし、いつの間にかフェイドアウトしてしまう。(ライティング・ゼミはどうなるかなぁ……と少々どきどきしている。)
 
習い事について思い出してみると、子どもの頃から40代になる最近まで、数えきれないほど色んなレッスンを受けた経験があったが、残念なことに万事がそんな調子だった。
例えば、水泳。友人が通っていることもあり、相当長い間諦めずに通ったが、ついに平泳ぎができる日はやってこなかった。
例えば、ドリップコーヒー。最後まで、自らの手で美味しいコーヒーを淹れられるようにはならなかった。
他にも、学校の勉強、バンド活動、決算書を読む、ジャズピアノ、料理、英語、各種ビジネス資格、プログラミング、作曲、せどりの学校、ベリーダンスなど、書けば書くほど、「やってはみたものの結果は出ないし続かなかった」という黒歴史が走馬灯のように思い出される。それはそのまんま絵巻物のように、「恥」の歴史として私の中をぐるぐるぐると渦巻いているのである。
 
自分には「こだわり」がなさすぎるのではないか? と思ったり、はたまた「他人と比べて悔しさを原動力にする力がなさすぎるのではないか」とか、「とにかく執念深くやり抜く力がないんじゃ」などと考えたりもした。
 
ごく最近になって段々わかってきたことは、「過程を楽しむ」ということがうまくできなかったのだと思う。もっとはっきりと表現すると、「その行為を行っている“今”に集中することができなかった」ということ。
 
そしてそれは、恐らく「楽しもう」「集中しよう」と努力したら叶ったというものではなく、なんというか、脳のクセ、のようなものだったのではないかと考えている。いつも考えていたのは「今この瞬間」ではなく、明日であり、将来であり、未来のことばかりであった。いつもどこか満たされず、不安があった。それでも「“行動”することをやめず、いつも動き続けている私なのだから大丈夫、きっと前を向けているのだ」と自分自身に言い聞かせていた。
 
どうしたら、「今」に集中し、楽しむことができるようになるのだろうか。
一つには、「今」に集中していても誰にも邪魔されることがないとか、バカにされないとか、そういう安心感が必要だったのではないかと振り返って思う。
 
公立小学校へ入学した私はあまり勉強ができるほうではなかったので、いつでも母親に心配されていた。だいぶ身の丈にあっていない有名進学塾へ体験入学しては、当然のことながら成果が上がらず、母子で落ち込んでいた。
「将来が心配だ」「私のように、手に職がない状態にならないでほしい」……、これらは母の口癖だった。
数ある習い事の中で、唯一ピアノだけは続けられていたので、いつからか母は私を音大附属中へ進学させ、エスカレーター式に大卒の切符を手に入れることを計画していた。結果、その通りの進路を歩むこととなり、母は莫大な学費と引き換えに「安心」を手に入れたのだった。そして、母が安心することは、私にとっても安心できることであった。

「手に職を持つ」=「ピアノ」という思想が、実際のところ、私が音大へ進学する頃には既に時代に合わない考え方になっていたのだが、母の「安心」を崩すことは何の意味も無いように思えた。
大学時代、純粋に演奏している「今」この瞬間が楽しい、と感じられたことは片手で数えられるくらいしかなかったと思う。結局たいした才能もなければ、執着するほど好きでもなかったピアノだが、楽しめていなかったことだけはなんか勿体なかったな、と今は思う。
 
そんな私であったが、その後、私の「マインドフルネス」(?)は本人も思いもよらない流れで訪れることとなった。
 
35歳で高齢出産を経験した。子育ては、恐ろしいほどタスクが増殖することの連続である。それまで、自分の身の回りの世話をする過程を逐一言語化する必要などなかったのだが、「自分では何もできない子どもの世話」とは、言語化の繰り返しである。
 
子に着せる洋服を選択する(0歳なので、上下が繋がっている洋服である。)
片腕を上げて、袖を通す。
もう片腕を上げて、同じく袖を通す。
脚を上げて、股下に通し、裾から足を出す。
反対側も同じように、裾から足を出す。
ボタンを留める。
右足の靴下をはかせる。
左足の靴下をはかせる。
 
「着替え」を言語化する。なんだ、この過程は。まるでプログラミングではないか。
 
年齢もあり、あっという間に私のCPUは劣化していった。たくさんの覚えておくべきことを瞬時に忘れるようになり、記憶できる物事には限界があることを何度も思い知らされるようになった。今からスーパーで買う予定だった物すら、書いたそばから消える湯気の指文字のように忘れていってしまう。
 
そうすると、余計なことを考える暇がなくなった。「余計なこと」とは、あれやこれやと起きもしない未来を妄想し、怯え、「今」を楽しまなくなる、ということ。
 
だって、そうやって、目の前で起きていることから目を背けるのが憚られるほどに、子どもは可愛かったから。そして、その時々の子どもの可愛さは、季節が変わるようにどんどん消えて移り変わってしまうものだから。何より、季節と違って、同じあどけなさが二度と戻ってくることがない。0歳だったあの子は、当時とは別人の2歳の子どもとなり、そして今はまた別の記憶を持つ5歳の子どもになってしまう。
もうプログラミングのように手のかかっていた、あの子はもうこの世に存在しない。我が家にいるのは、さっさと自分で浴室に入り、ボディソープで身体を洗い、シャンプーして流して湯船に浸かることができる子どもだ。
 
とはいえ、私はどうしても忘れっぽいので、子どもが「今」を集中して遊んでいるにもかかわらず、「いい加減ごはん食べなさーい!」「食べ物で遊ばないで早く食べてー!」「遅くなるから出掛ける支度してーー!」と叫ぶ毎日だ。しかし、以前よりもずっと、自分にも周りにも寛容になれたように感じる。そして、過去より未来より、今を大切にしようとしている自分のことが、好きになれたように思える。
 
 
 
 
***
 
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