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さなぎになる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川良美(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
私が自己紹介をするときに、決まって見せる写真がある。
10年前、当時39歳の自分自身が写った写真だ。
顔がまんまるに張っていて、化粧っ気なく、さえない表情。無造作に長い髪を束ね、猫背気味で、おなかがせり出ている。セーター姿からは、腕が太く、胸元が首近くまで盛り上がっている様子が分かる。
 
この写真を見せると、みんな声を上げて驚く。ひゃっと言って文字通り飛び上がる人までいる。
今の私は、大きなウェーブがかかった茶色の長い髪、いかにもダンスかフィットネスをやっているような服装、身のこなし。化粧もきちんとしていて、華やかなイメージがある。
誰が見ても、10年後の今の自分の方がはるかに若く、生き生きとして見える。だから皆、私に何が起こったのかを聞きたがる。
 
この10年は、自分が次々に変わっていく、の連続だった。
でもこの写真の時には、10年後自分が今のようになるとは、想像もしていなかった。
まさに蝶になる前のあおむし、またはさなぎの状態だったと言える。
 
この写真を撮った2011年頃、私は3人の子育てをしながらフルタイムで仕事をしていた。家のこと優先だったから自宅と学校と職場は近い距離にあり、学校行事の時には休憩時間を調整して行けるなど、とても恵まれた環境だった。しかし座りっぱなしの仕事で、40歳を目の前に代謝が落ちていたので、どんどんと体重が増えていった。
顔が丸くなり、おなかに肉が付き、太ももが太くなる。仕事を終えて、買い出しをし、子どもを迎えに行き、家に戻ってご飯を作り終えると、何もやる気がなくなるくらい疲れている。そして倒れるように眠りにつき、毎朝目が覚めると、腰が痛くて布団から起き上がれない。本を読んでは痩せるためのストレッチや入浴法を見つけ実践してみるが、ほとんど効果がなかった。
そうして40歳まであと数日となった3連休の初日、私はとうとう布団から起き上がれなくなった。当時4歳の娘が心配して「大丈夫?」と聞きに来てくれたのを、「あっちに行って!」と怒鳴って追い払い、トイレすら行けず、ただ布団をひっかぶって目をつぶっていた。夫はそんな私の様子におろおろするばかり。子ども達と簡単なご飯を作ることもできず、スーパーへお弁当を買いに行き、その夜を過ごしてくれた。2日目も私は布団から出られず、夫はなんとかカレーを作ってしのいでくれた。
3日目になって、私はやっと体を起こせるくらいになった。折しもその日は私の40歳の誕生日だった。「せっかくの3連休だから、どこかドライブに行こうか? 助手席に乗って休んでいるだけでいいから」と夫が提案してくれて、家族でドライブに行った。
私はただ、外の景色を眺めるので精いっぱいだった。目的地の水族館に着いても、子どもの様子を喜ぶ余裕もなく、表情が固まったまま機械的に館内を歩くだけだった。なんでこんなに疲れ切っているんだろう、という問いが、頭の中をぐるぐる回っていた。
次の日、仕事に行ってみるがやはり体調が悪く、早退した。そして鍼に行ってみると、身体の気が枯渇している状態と言われた。鍼の治療を開始し、定期的に通うことで少しずつ体調は良くなっていったが、根本の解決にはならず、体重も減ることはなかった。
 
そうして数か月過ごしている中で、夫のアメリカ赴任が決定した。
2012年7月、一足先に夫がアメリカに旅立ち、残った私は家の中を整理し、自分の仕事を引継ぎし、子ども達と一緒に出発の準備を整えた。
そうして7月の末にアメリカに到着。子ども達の学校の手続きを一通り終えた後、私にはやってみたいことがあった。
今まで私は、運動の習慣がなかった。だから、体重が増えたときにもどうやってその体重を減らせばいいかわからなかった。体を動かすことがあまり頭に浮かばなかったのだ。でも、疲れがたまりすぎたまま何もせず過ごすのは健康に悪い。何かしら運動の習慣をつけなければいけないことは明白だった。そして今私は新しい場所にいる。自分のための時間が取れる。だからここでなにか、楽しく体を動かすことにチャレンジしてみたい、そう思ったのだ。
アメリカ生活を紹介する日本人向けの情報誌に、「ズンバ」というフィットネスプログラムの紹介が載っていた。パーティーで踊っているように体を動かすだけで脂肪が燃焼できる、音楽が好きな人にお勧め、とあった。なんとなくそれが気になって、家の近くでズンバをやっているところを探し、出かけて行った。
今まで踊ることには、強いコンプレックスがあった。盆踊りに出かけたら、バレエを習っている妹とあまりに動き方が違う、ロボットが踊っているようだと父にからかわれたことがある。それからずっと、人前で踊ることには抵抗があった。
でも、身体を動かさなきゃ、痩せなきゃ、と自分を奮い立たせて、初めてのレッスンに参加してみた。
もちろん、うまくは踊れなかった。インストラクターの動きを目で追うのに、必死だった。きっとはたから見たら、ドタバタと動いていて、とてもダンスと呼べるものではなかったと思う。
でも、とても楽しかった。そしてすがすがしかった。
きっと、周りが自分のことを全く知らないアメリカ人ばかりで、人の目を気にすることもないということも幸いしていたと思う。
もっと踊れるようになってみたい。もっとやってみたい。素直にそう思った。
それから私はアメリカでズンバにはまった。在米2年で10キロ減量し、日本に帰国。直後ズンバのインストラクターとなってさらに10キロ減量した。その中で髪型が変わり、体形が変わり、身のこなしから考え方まで変化した。そして、生き方までも。
 
それから私は、どうにもつらい状況に遭遇したときには、この時の体験を思い出すようになった。
さえない表情の私。体が疲れ切って、むくんだ私。それは決して楽しい記憶ではない。
でも勇気を出して進んだその先には、新しい世界が待っていた。
それは、あおむしから蝶になるときに、身体が硬直しさなぎになり、しばらくの間身動きせずに変容の時を待ち、やがてその殻を破って蝶が現れるのと似ていた。
だから私が辛いと感じる状況に陥ったとき、それは蝶になる一歩手前、さなぎになるということなんだ、と思うようになった。そうすると、その辛さも乗り越える勇気がわいてきたのだった。
 
今の私は、何回もの脱皮を繰り返して、さらにまたさなぎになろうとしているところ。
辛い状況を恐れず、変化を恐れないようにしよう。10年前のように。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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