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先生の告白


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:内野真紀(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「あなたたちは、受験生である前に高校生なんですよ」
高校最後の体育祭当日、朝のホームルームに担任が言った。
受験生の私たちは単語帳や参考書を読みながらそれを聞いていた。
そんな片手間に聞いていた言葉だが、私はその言葉を今でもはっきりと覚えている。
 
私たちA組は国立大や早慶を狙う、いわゆる「受験ガチ勢」クラスだった。
朝と夕方のホームルームには毎回小テストがあり、放課後にも「ゼミ」という名の追加授業がある。それでも安心できない私たちは教室の移動時間も通学時間もいつだって単語帳を持ち歩くガリ勉だった。
「君たちは二宮金治郎みたいだ」と校長先生から感心されたが、私たちは勉強しながら先生の話を聞くくらいだからモラルもへったくれもない。「勤勉」というよりも「利己主義的ガリ勉」という表現の方が私たちにはぴったりだった。
「二宮金治郎に失礼だからここで並べないでくれ」と思った。
 
それくらい私たちにとっては受験が全てであり、それ以外のことは邪魔者でしかなかった。
だからもちろん学校行事にもうんざりしていた。実際、学園祭ではクラスで出店することなく、みんな揃って空き教室で勉強なんかしていた。
 
正直何も楽しめなかった。
常に勉強していないと自分を許せないのだから。
その日だって、体育祭を楽しみにくる人なんかクラスには誰もいなかった。
出場しなければならないものにはきちんと出るが、競技の待ち時間に勉強できるようにと軽い勉強道具をみんな用意している。
受験のために生きているような私たちが学校行事を楽しめるわけがなかった。
 
そんな私たちに担任は言ったのだ。
「あなたたちは、受験生である前に高校生なんですよ」
 
私の勉強する手が止まった。
その言葉に、私を揺り動かすものがあったのだ。
そして先生を見た。
その、ただならぬ雰囲気も印象的だった。
告白でもするのか? くらいの緊張感があったのだ。
 
「受験ももちろん大事ですよ。でも高校生活というのは勉強が全てではありません。今しか楽しめないことだっていっぱいあるんです。だから1人の高校生として学校行事を楽しんでみてもいいんじゃないでしょうか。あなたたちは受験のためだけに生きているんじゃないんですよ」
 
結局、私はその話を一種の告白だと受け止めた。
ずっとこのことを考えていて、ようやくそれを伝えようとしている。そういう雰囲気だったから。
それだけのことを伝えるためになぜ緊張するのかと疑問に思うかもしれない。しかし相手は受験のために生きている私たちだ。
受験ガチ勢クラスの担任としては言いづらかったのかもしれない。
あるいは勉強しながら聞く私たちにきちんと伝わるのかと悩んだりしたのかもしれない。
本当のことは知らないが、少なくとも私は先生の渾身の告白を受け止めた。
その勇気に感謝している。
 
その話は告白くらいの緊張感があったからこそ私にも響いたのだと思う。
なんせ字面だけ見ると当然すぎる事実を言っているのだ。
「受験生である前に高校生である」
「だから何?」と返されてもおかしくない話だ。
 
しかし私には衝撃的だった。
それまで私は受験生という自覚があまりにも強く、「受験があるから……」と理由をつけていろんなことを我慢してきた。
なんなら「やりたい」「楽しみたい」といった願望を押し殺し、忘れようとして、見事に忘れきったのだ。そう、体育祭を楽しみたいなんて「忘れていた」。
だから逆に、やりたいことがないというのは全くの嘘だった。
隠していただけ。忘れていただけ。
受験生という立場を取り除いた私はただの高校生だ。
友達ともっとおしゃべりしたいし、放課後や休日に遊びに行きたい、ただの高校生。
先生の話を聞いてやっと自分自身を振り返り、やりたいという気持ちを受け入れたり自分に優しくなれたりした気がする。
先生はそれをわかって欲しかったんだろうと思う。
「先生の想い、確かに受け止めました……」
 
現在の私は大学4年生。当時とは全く違う立場だ。
しかし「受験生である前に高校生なんですよ」という担任の言葉は今でもよく覚えている。
というのも私は「…である前に〜」というのを至るところで使っているのだ。
なぜか? この言葉一つで優しくなれるからだ。人にも、自分にも。
「母親である前に1人の女性だから友人と遊んだりしたいだろうな」
「父親である前に社会人なのだから、疲れて家でイライラするのもしょうがないか」
「学生である前に人間だから、体調が治るまで学校は休もう」というように。
 
誰だっていろんな顔を持っている。
自分や人を見るときに囚われている「立場」を一旦取り除いてみたら、見えていなかった相手の他の側面も、自分がそれまで押し殺してきた本音も、見えてくるんじゃないか。それを想像することができたら、人や自分を思いやれるくらいの心の余裕ができるんじゃないか。
 
何かしら告白のような緊張感を醸し出しながら文章を書けたら良かったと思うが、残念ながら叶わなかった。
でも私がこの言葉に救われたように、誰かも救えるのかなと思ってここに書くことにした。
 
―優しくなるための「…である前に〜」のススメ―
 
 
 
 
***
 
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2022-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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