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はちみつきんかんのど飴と、一期一会


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川端彩香(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
最近歩いていると、たまに灯油の匂いがする。
 
床暖房や電気ストーブなどの発達により、灯油ストーブを使っている家庭も少なくなってきたのではないだろうか。私の実家や祖母の家も灯油ストーブを使わなくなった。灯油の匂いを嗅ぐと、昔を思い出して少し懐かしい気持ちになる。
 
冬に懐かしい気持ちになると、思い出す人がいる。あの人は、いま元気だろうか? 何をしているんだろうか?
私にとってのその人は、高校三年生の初夏、毎朝通学途中に会っていたおじいさんだ。
 
初夏に会っていた人のことを、なぜ冬に思い出すのか。それは、そのおじいさんが毎日私に「はちみつきんかんのど飴」をくれていたからだ。もちろん毎年冬にCMを見る度にも思い出す。
 
部活の朝練のために、7時すぎには学校の近くを歩いていた。
その時に通る公園で、おじいさんに出会った。
 
最初は挨拶をするだけの関係だった。おじいさんが「おはよう」と声をかけてくるので、驚きつつも「おはようございます」と返していた。それが日常になり、立ち止まって軽く雑談を交わすようになった。
 
おじいさんはよく話す人で、いろんな話をしてくれた。奥さんは病気で入院していること、デイサービスを利用していること、いつから散歩を始めたのかなど。通院している病院の診察券を見せられたこともあり、「それはあまり人に見せない方がいいのでは……」と私が突っ込むと、フフフと笑っていたのも鮮明に覚えている。
 
と言っても私も朝練前だったので、そんなに長い時間は話していない。30秒か1分満たないくらいの、とても短い時間だった。短い会話が終わると「じゃ、また」と別れる。そして、初めて挨拶を交わしてから一週間くらい経った頃から、おじいさんはなぜか私にはちみつきんかんのど飴を渡してくるようになった。
 
初めて挨拶を交わしたときに渡されたら、私はきっと断っていただろう。見ず知らずのおじいさんにもらう食べ物、今考えても怖い。何か仕込まれているかもしれない、と思ってしまう。出会って一週間ほどしか経ってはいなかったが、おじいさんの優しそうな雰囲気に、私は心を許していた。
 
私が部活を引退するまでの2ヵ月間、平日は毎日そのおじいさんと話をした。たまに違うお菓子をくれることもあったが、ほぼ毎日、はちみつきんかんのど飴をもらい続けた。
あまりにも毎日くれるので、私のカバンにはのど飴がいっぱいに詰まっていった。食べきれずに部活で配ることもあった。
 
診察券を見せられはしたが、おじいさんの名前は覚えていない。私も聞かれなかったので、名乗らなかった。制服を着ていたのでどこの高校に通っているかはわかっていただろうが、お互いに、お互いの名前は知らない。知っているのは、毎日同じ時間にこの公園を通り抜けるということだけだ。
 
おじいさんと私は、お互いに素性はよく知らないけれど、ほぼ毎日少しだけ話をする、あとはちみつきんかんのど飴を貰い続けるという、ちょっと不思議な関係だった。
 
私の引退は、夏休みに入ってすぐだった。だから、一学期の終業式がおじいさんとする最後の日だった。その頃も、私のカバンは変わらず食べきれていない飴でいっぱいだった。
 
最後の日、私はいつもと違い菓子折りを持っていた。
貰いっぱなしは申し訳ないので、何か返さねばと思っていたのだ。週末の部活終わりに母と買いに行ったが、正直何を買ったかは覚えていない。
 
おじいさんに、部活を引退すること、朝練のためにこの時間に公園を通り抜けていたこと、そして、今日で会うのは恐らく最後になるのだということを伝えた。そして菓子折りを渡した。
最後だから、いつもと違う話をするかなと思った。お菓子をその場で開けるだとか、いつもより少し長めに話をするかなと思った。けれどもおじいさんは「ほお、そうなんか。それはご苦労さんやったなぁ。お菓子ありがとう」と言い、元気でなーと去って行った。
もっとしんみりするものだと思っていた私は、あまりのあっさり具合に少し拍子抜けした。
 
 
その後、私は予定通り部活を引退し、早朝に公園を歩くことはなくなった。おじいさんに会うこともなくなった。以降はおじいさんに会うことなく、高校を卒業した。もう12年前の話だ。
 
なぜはちみつきんかんのど飴だったのかはわからない。聞くこともできただろうが、なんとなく、聞かない方が面白いのかなと思った。何が面白いのかはわからないけど、ちょっと謎があった方がいいかなと思った。
私はその時の、聞かないという判断は良かったと思っている。おじいさんが好きだったのか、おばあさんが好きだったから持ち歩いていたのか、他の理由が何かあったのか。答えが出ることはもうない。確かめることもできない。でも、はっきりした答えがないからこそ、今でもおじいさんを思い出すたびに、私は懐かしい思い出に毎回楽しく思いを馳せることができるのだ。
 
あの人は今、何をしてるんだろう?
誰もが一度は、思ったことがあるだろう。私も、おじいさん以外に対して思うことがある。それでも、たった2カ月ほど少し会話を交わした行きずりの関係だったけれど、おじいさんのことは冬に必ず思い出す。
今もお元気だろうか。変わらず散歩は続けているのだろうか。渡した菓子折りはおばあさんと一緒に食べてくれたかな。おじいさんも、私のことをたまに思い出してくれることがあったかな。
 
名前も知らない、たった2カ月、1分ほど話しただけの人だ。何か特別な教えがあったわけでもない。けれども、間違いなく私の人生の一部になっている。もう会うことはないけれど、おじいさんは私の人生になくてはならない人だ。
 
一期一会って、こういうことなのかな。切ない気もするけれど、こういうのもちょっといいかも。そう思えた高校三年生の夏だった。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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