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沈黙行の修行僧をやってみた

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飯田裕子(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
ある日、朝起きたら、声が出なくなっていた。
 
予感はあった。
 
春休みの3日間、補習の授業があって、朝9時から午後4時半まで話をしていた。改修工事だかでいつもの部屋が使えずに移動していたのだが、その部屋は、きちんと暖房も入らなかったばかりでなく、わりと大きかったのにマイクも使えなかった。
 
寒くて乾燥した大きな部屋で声を張り上げているうちに、だんだん、声がかすれてきたな、とは思っていた。部屋は、ひどく乾燥していたので、生徒の方も、ひんぱんに咳をしていたし、唇や目が乾くのか、目をパチパチさせて、目薬を出してみたり、リップクリームを出してみたりしていた。近くに座っていた子が、最後の方では3分に1回ぐらいリップクリームを塗るようになった。その子がリップクリームを塗るたびに、リップクリームのミントの香りが広がって、のどに変な刺激を与えていた。
 
たった3日間だよ。他に部屋もないんだし、仕方ないよね……。みんなでちょっと寒い分はコート着たり、カイロ握ったりして、我慢するしかないらしい。最後の方は、だんだん声が出なくなってきていたのに、もう、しゃがれ声を必死に出して、とりあえず、補習は無事に終わった。
 
声が出なくなったのは、その翌日のことだ。
 
慌てて、耳鼻科に駆け込んだ。
 
声ともつかないしゃがれ声を必死に出して、
 
「先生、声が出ません……。たくさん話をしているうちに、声が出なくなってしまって……」
 
ちょっと呆れた顔の先生が、先端が光った黒いコードのようなものを出してきた。どうやらカメラらしい。
 
「これ入れてのぞきますよー」
 
カメラの映像は、画面に映っていたので、私も見ることが出来た。ちょっとイタ苦しいけど、がまんがまん。そうしたら……
 
「あー。ポリープ出来てますねー」
 
見ると、片方の声帯にプクっと丸いものがくっついていた。
 
(息で)「先生、私、ぜんぜん声が出ないんですが、いつ声が出るようになりますか? この腫れ、いつ引くんですか?」
 
「えーと。これで無理して声を出すと、ポリープが固くなっちゃうんですよ。固くなると、手術して取り除かないといけなくなるんで、すごく大変になっちゃうんですよね。だから、しばらくは、声は出さないでくださいね」
 
えー! 聞いてないよ! たった3日間しゃべり続けただけで、声って出なくなるもんだった? 寒いのがいけなかった? 乾燥がいけなかった? それとも、あのミントの香りがダメだったのかな? 労災もんじゃない? ひどい! 私、この後の春休みは、少し自分のために時間を使おう、ちょっと楽しもうって思ってたのに! 友達とおいしいお店にランチに行って、いっぱいおしゃべりしようって思ってたのに!
 
でも、ポリープがもし固くなってしまったら? ただの想像だけれど、テレビでよく見るような、上にたくさん電球が付いた手術台とかに乗せられて何かされているような光景が目に浮かんできた。痛そう……。それに、手術なんかしたら、余計話せない時間が長くならないか? でも、手術しなかったら、ずっとしゃがれ声で苦労して声を出しながら暮らすことになるのかな? それも憂鬱だな。手術されるさまを思い浮かべたら、すっかり恐ろしくなり、とにかく声を出さないようにすることにした。とりあえず2週間ぐらい。中世の修行僧のように、修行のつもりで……。
 
ただ、その日の夜から、意外と声を出さないといけないことは多い、ということを思い知った。家族に、ごはん出来たよ……言えない! 早くお風呂に入って……言えない! 肩たたいて、食卓の方を指して……。うーん、もどかしい。
 
まあ、家族は理解してくれても、例えばお店に買い物に行った時、
「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」
「……」
お店の人は怪訝な顔。仕方ないので声が出ないと説明するはめに……。気の毒がってあめ玉をくれたけれど、また、喉が痛くなり……。
 
次からは、「声が出ません」という紙を持って歩くようにしたが、声をかけた人は、その紙を見て、それもすぐには理解できないでもう一度見て、それからこちらを悲しそうに眺めるという感じで、すごく楽しくない2週間になってしまった。
 
話したい。会話したい。「これがほしいけど、他の色のってありますか?」とか「いい香りですね」とか、何か言いたい。目が合っても、ニコっとすると話しかけられるので、極力目を合わせないようにする。つらい! 私は、ほんとは、もうちょっとフレンドリーなヤツなはずなんですよ。声が出せたら、聞きたいことはあるんですよ。
 
話が出来ることって、こんなにも大切だったんだ! 修行は私には無理。話せる幸せをすごくよく分かった2週間だった。
 
でも! この後、また別の苦しみが待ってはいた。
 
「あー。今度は声帯に隙間が空いちゃいましたね。隙間が空くと、息がもれちゃって声は出ないので、リハビリしてくださいねー」
 
えー! 聞 い て な い ん で す け ど!
声を出さないでいると、今度は声帯が痩せるなんて、そんな……。早く言ってよ! 手術が怖すぎて、声を出さな過ぎたのか?
 
これ、実は、ある程度元に戻るまで、この後、実に3年以上もかかったのであった……。そんな話はまた別の機会に。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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