メディアグランプリ

忘れられない、涙の旅


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記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「あなたが今までにした旅で、いちばん思い出に残る旅は?」と聞かれたら、どんな旅を思い出すだろうか。
 
私の思い出深い旅は、今から約3年前のクリスマス前のことになる。
ちょうど旅の前日は、息子の中学入試の発表日だった。旅の前日から、すでに旅は始まっていたとも言えるかもしれない。
 
旅の前日の朝9時ピッタリ……入試発表時間がやってきた。ネットで検索をするが、私はなかなか画面を出せずにいた。息子はiPadで検索をし、息子のほうが早く画面を開くことができた。
 
「あっ、ない……」
息子が言う。「えっ?」と驚きながら、私も慌てて画面を見る。息子の番号がやはりなかった。見落としではない。目の前が真っ暗……とは、こういう時を表すのだろう。あの瞬間は、今でも忘れられない。
 
「おいで……」と言って、息子を抱きしめた。それしかできなかった。我が子の初めての入試は、不合格だった。私は塾講師として、生徒の合格、不合格を何度となく見てきたから、結果には慣れているはずだった。だが、それは甘かった。想像以上に、心が粉々になり、この世の終わりのように、絶望した。
 
次の日から、私たちは、沖縄旅行を予定していた。どこかで、合格できるだろう……と、甘い考えで、沖縄旅行を入れていたのだ。合格祝いのつもりで、楽しみにさえしていた。
だから、「旅行はキャンセルしよう」と息子に話した。
だが、息子は、「そのまま、行こうよ」と言う。
 
あんなに心の底から行きたくないと思った旅行は、初めてだった。一番ショックを受けているはずの息子が行きたいと言うので、行きたくない気持ちを我慢して、空港まで車を走らせた。空港に着いても、楽しみでも何でもない。「なぜ、こんな苦痛に耐えながら、私は空港にいるのだろう」と、心の中で怒りさえ湧いてきた。
 
早朝の空港で、飛行機を待っている間に、朝食を食べる。何を食べても、味さえ分からない。ただ座っているだけで、涙があふれてくる。なぜ、こんな心で旅に出ないとならないのか……何が何だか分からないまま、飛行機に乗った。「飛行機が落ちて、もう、何も考えないですみますように……」そう祈りながら、飛行機に乗っていたが、沖縄に無事に着いてしまった。
 
沖縄の暖かな空気に触れ、息子が笑顔を見せる度に、私は泣いた。笑顔と現実に起きていることのギャップが、天国と地獄のようで、心がついていかなかった。誰も知り合いがいない、沖縄の地だからこそ、人目も気にせず、泣きたいだけ泣いた。化粧は、涙でほとんど取れてしまい、ノーメイクのような顔のまま、遠慮なく泣いた。
 
ランチタイムに、息子と海の見えるカフェに入った。沖縄の穏やかな空気に癒されながら、並んで海を見て、二人でゆっくり話をした。
 
「この1年で、3つの目標を立てたけど、3つ叶えることは、無理だったのだよね」
息子が、ゆっくりと話し始めた。
 
「僕は、英語の大会に出て勝つこと、卒業式の歌の伴奏者のオーディションに受かること、そして、入試に合格すること、3つを全て叶えようとした。でも、それは甘かったのだよね。結局、ピアノも入試もうまくいかなかった。だからね、3年後、僕は、もう絶対同じことはしないよ。3年後は、必ず勉強だけ、1つだけ頑張ってみる」
 
息子の横顔が、とてもスッキリしていて、その表情が晴れやかだった。私は、飛行機が落ちてほしいとさえ思っていたのに、子供の心は、意外としっかりしているものだ。
 
「だからさ、もう泣かないでよ。3年後頑張るからさ……」と息子が、最後に付け加えた。話しながら私に向けた笑顔は、昨日までの息子ではないような、今までに見たことがない姿に見える。その力強さに触れ、私はさらに涙が止まらなくなった。息子がずっと学校嫌いで、気の合う友達がいなかったから、新しい環境でやり直させてみたかったのだ。だから、まるで明るい未来がなくなったようで、すぐには受け止められなかった。
 
食事を終え、息子とホテルに向かった。ホテルでは、シーサーの色付けができるコーナーがあり、息子は、かなりの時間をかけて、シーサーに色を重ねていた。私は、息子を待ちながら、ホテルの前のビーチに腰をおろし、一人で海を眺めていた。海を見ていても、心が痛み、涙が出る。
 
次の日も、海を見ながら、息子を見ながら、息子の中学生活を考えながら、涙が出た。自分が不合格になるほうが、よほど楽だと感じながら、ひたすらドライブをし、息子と旅をした。
 
心は痛かったが、もし、沖縄に来ていなかったら、この数日をどう過ごしたことだろう。ただひたすら家の中で泣いて、食事も作ることなく、スーパーのお惣菜を買っていたかもしれない。きっと家の中で、暗い気持ちのまま、過ごしていただけだっただろう。
 
旅に出たからこそ、家事もせず、息子とゆっくりと、これからのことを冷静に語ることができた。泣いてばかりで、めちゃくちゃな旅だったけれど、非日常に身を置けたからこそ、心を癒すことができた気がする。
 
日常で苦しいことがあったら、重い心のままでもいいから、思い切って一歩を踏み出し、旅に出てみると、意外な時間が待っているかもしれない。
 
「人は、何かが成功することよりも、何か壁にぶつかった時に、どう生きられるか?」が大切ではないだろうか。我が子の初めての挫折は、私自身の挫折以上に苦しみを伴ったけれど、どん底に落ちた時に、どう生きるか、息子の生きる姿を、沖縄の地で見つけることができた気がする。
 
帰る頃には、もう一度、前を向こうという気力が、少しだけ湧いてきていた。
 
あれから3年が経ち、息子に入試が再びやってきた。息子は、毎日、入試に向けて全力で取り組んでいる。「もう、あの思いはしたくない」と言いながら、息子は毎日を過ごしている。沖縄で交わした会話を、私たちは3年間忘れることはなかった。
 
あの日、傷ついた私たちを温かく包み込んでくれた沖縄の地を、あの時間を、決して忘れることはないだろう。入試が終わったら、息子ともう一度、癒しの土地を訪れてみたい。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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