宇宙人と最推し
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記事:今村ゆみ(ライティング・ゼミ特講)
その笑顔というにはまだ頼りない笑みを見た時、私は人生の最推しに出会ったのだ。
姪の誕生、これは去年の我が家での最大のニュースである。
恥ずかしながら私は30を過ぎたこの歳まで、我が家の「一番小さな子」として甘やかされて育った。私の家族は高齢出産で私を産んだ父母。そして11年の離れた姉。
親戚も当然私より年上の相手ばかりで、この歳まで小さな子の相手などろくにしたことがない。
さあ困った。
姪は可愛い。勿論可愛いのだ。妊娠を聞いた時には誰よりも小躍りで喜んだし、性別が判明した時には報告を聞いたその足で近くの百貨店でハイブランドのベビー服を買おうとして姉と母に止められた。
くどいようだが姪は可愛い。なんなら産まれる前から宇宙一可愛いと豪語できる。
だが同時に、私にとって赤ん坊はとても小さくて、か弱くて、壊れそうで、更に言葉も通じない。とにかく未知の生物なのだ。
待ちに待って対面した姪への第一印象は、「あ、これE.T.だ」だった。
やばい。怖い。極めつけに小ささも予想以上(よりによって姪はギリギリ退院できる程度の大きさだった)。
初めての抱っこでは10分間身動きひとつできないほどに固まってしまい、見かねた姉が苦笑しつつ姪を私の腕から抱き上げた。
E.T.のようにしわくちゃではないし、指も長くない。けれども間違いなく、姪は私にとってのThe Extra-Terrestriaだったのだ。
さて、散々な初対面を終えた私は頭を悩ませた。何せ、我が家で姪とろくなコミュニケーションを取れないのは私だけだったのだ。
父と母は言うまでもなく私と姉という二人の子供を育て上げているし、一見新米ママである姉も産科勤務10年以上の看護師であり、育てた経験はなくとも赤ん坊の扱いはお手の物である。
みんな姪とコミュニケーションが取れている。
あれ? 実は異星人は私の方だったのかもしれない。
姪に触れたくてもうまく触れられない。
そんな初対面を終えて私が始めたのは、観察と学習だった。
まずは、発達心理学の本や記事をひたすらに読んだ。大学時代に必須科目として授業を受けていたにも関わらず何故もっと学んでおかなかったのか。今更頭を抱えつつとにかく月齢に沿った発達の把握に努めた。
InstagramやPinterestの育児投稿も片っ端から読んだ。コスメや2.5次元俳優、ゲームがほとんどだった私へのオススメ投稿には、いつの間にか赤ん坊の画像が山ほど表示されるようになった。
そして、毎週末実家に帰ってはとにかく姪を観察した。
姉や母に最近は何に反応するか聞き取りをしつつ、目で追うものや手足を動かし反応するもの、表情などを観察していく。
姪の寝ている時間でも気は抜けない。彼女の耳は敏感で、微かな音にもびくっと手が跳ねる。今はなんの音に反応したのか、もし2度目に聞こえた時も反応するのか、睡眠の邪魔をしないように観察を続ける。
気づけば週末、実家で過ごす大半の時間を姪の半径30cmに居座り過ごしていた。姪からしてみれば、眠りから覚める度に至近距離で覗き込む顔が目に入るのは中々ホラーな光景かもしれない。
そうした事前学習を重ねていざ挑む交流は試行錯誤の積み重ねだ。
玩具の音を鳴らしてみる。こちらを見てくれもしない。別の玩具を鳴らしてみる。やっぱり興味はないらしい。
YouTubeで赤ん坊が好むと書かれている音楽を流してみた。オルゴールはお気に召さないらしい。わずかだが、迷惑そうに眉をひそめられる。
くまのぬいぐるみを差し出してみる。何かが怖かったらしい、泣かれた。
ああ、激しい。泣いてる姪はE.T.というよりグレムリンかもしれない。
可愛さのぶん失敗のダメージは大きい。ほんのり、自分も泣きたくなっていった。
そして何回目かも忘れた試行錯誤の最中、姪の頬へそっと指先を伸ばした。姉と母に頬をつつかれて微笑んでいたのを見たのだ。
恐る恐る、まだ薄い頬へぽんぽんと2回触れる。
すると、まだ開ききっていない細い目が更に細くなって、目尻は垂れ下がり口角が上がった。笑ってくれたのだ。
その笑みを見た時、堪らない、なんとも言い難い気持ちが沸き上がった。つい、口元を両手で抑えてうずくまってしまう。
姪が、E.T.から私の人生の最推しになった瞬間だった。
さて、そんな姪は最近ようやく4ヶ月になった。
日々変化していく彼女はやっぱりなんだかんだE.T.。そして、泣き声は激しさを増してますますグレムリンじみているが、それでも可愛い私の最推しである。
観察を続けてよく分かったことがある。
私が姪を見ているように、姪も私や家族の事をよく見ている。
例えば抱っこをして欲しいとき。じじ馬鹿の称号が相応しいおじいちゃんと化した父には笑顔を1つ。それだけで父はもう姪の言いなりだ。
母と姉には眉を下げ、じっと見つめながらか細く悲しげな泣き声を。それでも手強い2人は中々動かないため、そのうちわぁわぁと大声で文句のような泣き声を上げ始める。
そして、私はというと。
姪は、私を見た途端ノータイムでわんわんと文句と要求が混ざったような声をあげるようになった。近くに母親である姉がいても見向きもせず、一直線にこちらを見てわんわんと声が上がる。どうやら姪の中で、私は甘えも愛想もいらず要求を言っていい相手と捉えられているらしい。
複雑ではあるが、それが光栄でもあるのは一重に彼女が私の人生の最推しだからだろう。
きっと今週末も姪に会いに行けばわんわんと大声で抱っこを要求される。
お陰で毎週末筋肉痛だが、その痛みすら、今は幸せで仕方ないのだ。
***
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