メディアグランプリ

「ㄅㄆㄇㄈ(ボポモフォ)」で世界への扉を開く


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記事:ひさだまりこ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
彼とは付き合ってもう一年半になる。今まで一度も彼の名前を正しく呼んだことがない。簡単に言うと正しい発音ができない。何度かチャレンジしてみたが、いつも「違う」と言われる。好きな人の名前すら正しく呼ぶことができないのだ。
 
私のパートナーは台湾出身。出会いは昼下がりの京町家ゲストハウス。ゲストを迎えるはずのフロントでうとうと居眠りをしていた。彼は世界一周した後、ゲストハウスに住み込みで働いていた。町家の屋根裏から眠たそうに木製はしごを降りてきて、年季の入った台所で中国語のニュースを聞いていた。片言の日本語がとても可愛らしく、直感的にこの人を好きだと思った。国籍は関係なかった。
 
天竺(インドあたり)が好きな私にとって、近所のコンビニ感覚で行けてしまう台湾にはまったく興味がなかった。台湾の人は台湾語を話すと思っていたが、実際は中国語を話す。大陸とは使っている言葉や漢字が少しだけ違うので、台湾華語とも呼ばれている。つまり彼の名前を正しく発音するには、中国語の発音をマスターしなければならない。
 
しかし、中国語への苦手意識は、学生時代に中国を旅したときに深く根付いてしまっていた。筆談すれば伝わるのだが、話すと全く伝わらない。とにかく発音が難しい。日本人がなんとなく知っている「シェイシェイ(謝謝)」や「サイチェン(再見)」も本場の中国語の発音とは全く違い、ほぼ伝わらない。
 
さらに、発声がとても強い。中国を歩いていると、道端のあちらこちらで喧嘩をしているようだった。留学生の友人に聞いてみると普通に仲良く話していると言う。穏やかに響く日本語に比べ、中国語の発音はとても強い。言い合いをしているようなテンションが彼らにとっては普通なのだ。そのテンションも油っこくて苦手だった。
 
そして、極めつけに辛い思い出がとどめをさしていた。中国を旅したとき、何度も経験したのだが、列車の切符やゲストハウスの空き室を聞いても「没有!」とすごく強い口調で跳ね返される。一日に何度もだ。「メイヨウ!」と言っていて「ない!」という意味なのだが、一人旅に疲れ切っている女子バックパッカーにとっては、日本語で「ねぇーよー!」と怒鳴られているようで、いつも心が折れた。中国には二度と行かない。そう決意して帰国した。
 
そんな経験から、中国語には苦手意識どころか嫌悪感まであった。これは、中華圏全域に対する偏見や固定観念の元となり、中国に関連するもの全てに対してシャッターが閉まっていた。
 
そんな私が台湾出身の彼と出会った。最近、彼がスマホで中国語を打っているのを見たのだが、初めて見る文字がキーボードに並んでいた。この文字たちが本当に美しい。「ㄅㄆㄇㄈ(ボポモフォ)」と呼ばれ37文字ある。中国では、ピンインというローマ字表記の発音記号を使っているのだが、ボポモフォは台湾独自のものらしい。本当に美しい文化だ。
 
すっかり心を奪われた私は、すぐにボポモフォの文字キーボードをスマホに入れた。日本語キーボードから切り替えるには地球の形をした記号を押す。これがまた世界への扉を開けるスイッチなのだ。
 
これを使うと本当に面白い。ボポモフォは「あいうえお」と同様に発音を表していて、スマホに「ㄅㄆㄇㄈ」を入力し、漢字変換する。「謝謝(ありがとう)」は「ㄒ一ㄝˋㄒ一ㄝˋ」と入力する。これを一音一音正しく発音することで、伝わる中国語になる。つまり彼の名前をボポモフォで入力できれば、正しい発音で彼の名前を呼べることになる。
 
日本でも有名な「イーアーサンスー(1234)」の「アー」は日本人にとって発音が難しいのだが、ボポモフォの「ㄦ」とわかるとすぐに言えるようになった。これは幼稚園レベルの話だ。それでも、飛び上がるほどに嬉しかった。苦手意識を持っていたものが、自分の内側に入った瞬間、新しい世界への扉が開くのだ。
 
正しい発音がわかると「早安(おはよう)」「晩安(おやすみ)」が言いたくなる。次は「一起加油(一緒にがんばろう)」だ。その次は「我喜歡你(あなたが好き)」、その次、その次とどんどん言葉が増えていく。ずっと閉まったままの重いシャッターが次々に音を立てて開いていくのが自分でもわかった。
 
どんなことをするにしても、夢中になれたらこちらの勝ちだ。目の前の霧は晴れ、遠い目的地まではっきりと見渡せる。一歩その世界に足を踏み入れれば、その先の道はすでに用意されている。あとは楽しみながら苦労しながら一歩ずつ進むだけだ。
 
気づくとあんなに苦手だった中国語を夢中で勉強して、今は留学を目指している。きっかけはなんだったのだろうとふと考える。そうだ、好きな人の名前を自分の声で、そして正しい音で呼んでみたかったのだ。ただそれだけ。その小さな想いが鍵となり、世界への扉を開く。語学を学ぶのに入国ビザはいらない。数年後には、「喧嘩をしているの?」と言われるくらい中国語が上達していますように。
 
一起加油! 一緒にがんばろう!
 
 
 
 
***
 
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2022-02-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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