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犬男と猫女のラプソディ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大江 沙知子(ライティング・ゼミ2月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
その男を初めて見た時、女は思った。
 
『犬みたいな奴だな』
 
誠実、忠実、純粋―――そんな言葉が似合いそうな男だった。
 
 
また、その女を見た時、男は思った。
 
『猫みたいな人だな』
 
自立、賢明、俊敏―――そんな言葉が似合いそうな女だった。
 
 
それぞれの印象は、あながち間違っていなかった。男は情に厚く、一瞬一瞬を味わい、回り道をマイペースに歩むことを楽しんでいた。他方で、女は仕事に打ち込み、自己成長を追い求め、目的を最短距離で達成することを至高の喜びとしていた。男と女は付き合いを深めるにつれて、その思想の違いに驚き、面白がり、時に苛立ちながら、どことなく離れがたく思うようになっていった。
 
 
「僕と結婚してください」
 
数年後のある日、男が告げた。女の回答をもらう前からすでに「今が生涯で一番幸せだ!」とでも言いたげな、輝く笑顔を浮かべて。
 
「この人と結婚したら―――?」
 
その顔を見ながら、女は思った。
 
「きっと、浮気など無縁で、いつも家で待ち構えていて、和ませてくれるだろう……まるで柴犬のように」
 
また、女の返事を待つ間、男は考えていた。
 
「この人と結婚したらきっと、賢く家計を守ってくれるだろう……まるで黒ヒョウのように」
 
しばらくして、女は答えた。
 
「いいでしょう。一緒になりましょう」
 
 
男と女は、割合うまく結婚生活を送った。両極端の性質だからこそ、補い合い、バランスよく日常が回っていた。仕事に邁進する女と、家庭を守る男。男が外面を気にする性質であれば、成り立たなかった組み合わせかもしれない。
 
もちろん、時に相手が理解できないと思うこともあった。しかし、そういうものだと割り切っていた。
 
―――2人の生活が、3人に増えるまでは。
 
 
数年後、男と女に子どもが生まれた。女によく似た顔を持ちながら、男のようにゆったりとした性質の女の子だった。
 
男は子どもを自分の分身とみなし、子どもを舐めるように育て、子どもがゆっくり、ゆっくりと日々成長していくのに寄り添った。子どもの興味が尽きるまで、何時間でも付き合った。
 
それに対し、女は子どもを、ひとりの独立した存在とみなした。自分の腹から生まれ、いくら顔が似ていようが、本質は全く異なる別の人間だ。私は私、この子はこの子。朝は6時に子どもを起こし、夜はどんなに熱中していても9時には寝かせる。そうしなければ翌日の仕事に響く。女はキャリアと子育ての最大公約数を探し続けた。
 
 
さて、子どもが3歳を過ぎたある日、事件は起こった。
女が残業から帰ると、家がおもちゃ箱になっていた。
 
「これ、どういうこと?」
 
おもちゃが散乱するリビングの惨状を見て女が呟いた。夜9時をとうに過ぎている。子どもはすでに寝ているはずの時間ではないか。
 
「あ、おかえり、お母ちゃん」と子ども。
「おかえり〜」と男。
 
信じられない。この時間になって依然として、家中のおもちゃをひっくり返して遊ばせているなんて。能天気さにほとほと呆れる。
 
「片づけなさい。今すぐに。私がお風呂から上がる前に寝ていなさい」
 
女は吐き捨てて風呂に向かった。
 
 
『あの人に任せると、ロクなことがない』
 
湯につかりながら、女は思う。そろそろ片付いただろうか。もうお風呂から上がるべきか。しばらく悶々と湯気の中で考え、いい加減湯が冷めてきた頃に、風呂を出た。
 
部屋は静まり返っている。電気を消されたリビングの横で、キッチンの灯りがひとつだけ、ついていた。
 
『お、ちゃんと片づけて―――あるわけ、ないか』
 
床に散乱していたおもちゃは片づけられていた。しかし、ダイニングテーブルの上に、まだ書きかけと思われるお絵描き帳とクレヨンが残っている。
 
『本当に、あの人はいつも、詰めが甘い』
 
イラッとしながら片づけようとしたその時。
 
「いや~、参ったね。片づけさせるのって、大変なんだね」
 
暗闇から男が現れ、話しかけてきた。
 
「まだ起きてたの」
「あ、あの子は寝てるよ。だけど、君がいつもきっちり9時に片づけさせてるのって、すごいなぁと思ってさ。僕がさせようとしたら、全然終わらなくて。遅くなってごめんね」
「いや、実際終わってないでしょ」
 
テーブルの上のお絵描き帳を指す。
 
「ああ、これはね……」
 
男がお絵描き帳をキッチンカウンターの上に持ってきた。薄暗い灯りの中、2人で視線を落とす。しかし赤と黒の丸がぐるぐると描かれているのみで、何を描いたのか全く想像もつかない。
 
男はひとつひとつ、指でさしながら説明した。
 
「これがお母さんで、これがお父さん。これがあの子。お母さんに、お花をあげるところなんだって。お仕事いつも頑張ってるからって」
「……あの子が」
「うん。これだけは片づけないで、ってお願いされちゃってさ。お母さんに見せるから、ってね。最後まで粘ってたけど、待ちきれなくて寝ちゃったよ」
 
そうだったのか。あの子なりに頑張ってくれたんだ。
暗い寝室の扉を開けて、キッチンから漏れる僅かな光の中に娘の寝顔を見た。幸せそうな寝息が聞こえる。
 
「子犬のように純粋な子だ」と母は思った。
「猫のように賢く育つだろう」と父は思った。
 
 
しばらくして、母が尋ねた。
 
「これ、まだ見てないことにした方がいい?」
「そうかもね。自分で見せたがっていたから」
 
父は、にこっと笑顔を見せた。
 
一緒に住んでいながらおかしな話だが、久しぶりに、母は娘の顔を見たくなった。
どうせ残業明けの朝だ。明日は時間給でも取って話を聞いてあげようか。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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