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冷たい雨の日に出会った男の子


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あきやましずえ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「あぶないっ!!」
道路にとびだしてきた男の子に気がついてわたしは急ブレーキをふんだ。
幼稚園児に見えるその子もおどろいて動きを止め、車が停車したのをみて目の前をかけてとおりすぎようとした。信号が赤なのでウロウロ足ぶみしている男の子。
「え? 手に持っているの、家電(いえでん)の子機じゃない?」
「(2月の冷たい雨のなか)カサ持ってないのね?」
助手席の母と同時にちがうことを口走りつつ、わたしはあわてて車の窓をあけた。
なにか、ヘン、だ。
 
「どうしたの?」
「ボク、だいじょうぶ?」
口々に話しかけると、男の子はオズオズと近づいてくる。
だれか大人がうしろから歩いてくるかと見てみる。誰もいない。
全く知らないその男の子の目に、涙がぐぅんともりあがってくる。
「あのね、ボクのお家にだれもいないの。それでさみしくて泣いていたの」
 
!! なんてこった!
 
男の子の家は、ここから目と鼻の先らしい。そして、これからどこに行くのかもわかっていない様子だ。
「お母さん、ちょっと子のこと一緒にいてくれる? わたし、車を置いてきてすぐ追いかけるから」
わたしは助手席の母にたのんだ。
「そうね、そうしよう」
母が速攻で車をおり、男の子に
「お家に帰っていようか? 雨、降っているしね」
と話しかけると男の子は少しほっとした表情になった。
2人がいっしょに歩き始めるのをみとどけて、わたしは実家に車を停め母が車をおりた場所に急いでもどった。男の子と母が向かった住宅街の道をさらに歩いていくと、100mほど先で2人が手をふっている。母が自分のダウンコートの前をあけ、男の子を包むようにして立っていた。わたしはスピードを上げて合流し、3人で男の子の家に到着した。
 
家の中に向かって声をかけるが、誰も、いない。
 
「ママは、お兄ちゃんをサッカーの練習に連れてったの」
彼は4歳。名前は「のりくん」。この家には「おとうちゃんとママとお兄ちゃん」とで住んでいるという。
「しまじ〇〇のテレビ見てて〜、終わったらだれもいなかったの」
 
「のりくん」はテレビだかビデオだかが終わり、ふと気づいたら家にひとりぽっち。さみしくなって泣いて、ママに電話してみたけれど通じなくて、それから電話の子機をにぎったまま家のまわりをぐるぐる走って、誰もいなくて。それで車道の方に走ってきた、ということらしかった。
まだ少し舌足らずな彼の話を聞きながら、母と二人で玄関先に置いてあった毛糸の帽子をかぶせ、ジャケットはなかったのでベストやマフラーをつけさせる。
「道で会った時はブルブルふるえていたのよ、この子」と母。
でも、かってにクツをぬいで家に上がりジャケットを探すのははばかられた。
 
家にたったひとりで置いていくか? 4歳児?
それがわたしたちの最初の疑問だった。
もしかしたら、この家はいつもそうなのかもしれない。
ビデオがあれば彼は大人しくママの帰りを待っているのか?
大きな家にひとりの4歳児。なにをするかわからないではないか?
 
「のりくん」はたいそうかわいらしく、お話し上手で、新幹線のドクターイエローのことやなんちゃらモンスターのことをずっと話してくれる。その様子がかわいくて、寒い中、彼の家の玄関とびらを半分あけて、彼と母はタタキに座りわたしは立ったまま30分が過ぎた。
 
寒いし。そろそろ限界。
 
これは最寄りの交番所に電話だな、とわたしは携帯電話で検索を始めた。
いくらなんでも、4歳児がひとりで家にいるんだぞ。
送って帰ってくるのに30分以上はかけないだろう。
こちらだってわざわざことを荒立てたくはないけれど、見も知らない家にこれ以上長くはいられない。公的なだれかに「のりくん」を引き渡したほうがよいのではないか? わたしたちにはそう思えてくる。
 
そうしているうちに40分が過ぎようとしていた。
こちらの雰囲気を察したのか、「のりくん」のおしゃべりは拍車がかかって、止まらない。
幼稚園ではなく保育園に通っていること。今日は、おとうちゃんは仕事に行っていること。
マフラーはタンジロウと同じ(がら)で、タンジロウは「水の呼吸」をするということ。
まるで、わたしたちが立ち去るのを引き止めたいかのように、止まらない。
 
でも、寒すぎるし。いよいよ限界。
 
というタイミングで、帰ってきた。
ママの車。
お兄ちゃんが元気に車から飛び出してくる。
「おにいちゃんサッカーの練習をしてきたの?」
とわたしがたずねると、上気したほほをした小学生のお兄ちゃんは元気よく
「うん!」
と答えた。うーむ、送って行って練習が終わってから帰ってきたのだ、このママは。
 
お兄ちゃんとママによると、今朝「のりくん」はサッカーについていかない、とゴネたらしい。
そのあたりのことは、わたしたちには知ったことではない。
「のりくん」と知らない人が2人も家の玄関にいるので、ママはびっくりぎょうてんしつつも恐縮している。かいつまんで状況を説明し、名前も住所も明かさず母とわたしはさっさと帰宅した。
とびらを半分あけた玄関は寒くて寒くて、一刻も早く実家で暖まりたかった。
 
 
ここが日本だったから。
男の子とぶつかりそうになった車がおせっかいな女性2人組だったから。
「のりくん」の家が面識はないとはいえ、とてもご近所でよく知ったあたりだったから。
これで終わったけれど。
 
海外なら、アウト、だろうな。
メキシコなら、永遠にさよなら、だ。
イタリアもおなじく。
アメリカだってわからない。
子どもの誘拐が日常茶飯事の国は意外と多い。どの国も、常に大人同伴でないと子どもは危ない。子どもだけで外遊び、は、よほどの環境でなければあり得ない。どんな嗜好の人が人気(ひとけ)のない町をうろうろしているか、わからない。
 
家にひとりおいてきぼりの男の子と出会って、わたしは、日本がとても安全な国なのだということを再認識した。それでも、子どもがひとりで町をふらふらしていたら、日本であってもやはりなにが起こるかわからないではないか? 飛びたした瞬間にわたしの車があの子をヒットしていたら? 迷子になってどんどん遠くに行ってしまったら?
 
自分たちがしたことを善行だとか、「のりくん」を守っただとか、言いたいわけでは全くない。
たまたま、わたしたちのようなおばあちゃんとおばちゃん2人組が、たまたま涙目の「のりくん」にあの瞬間出会わなければ、彼は?
 
「のりくん」のママが、その日、自分の子どもに対してどういうことをしたのか、気づいてくれることを祈る。
どうか、いまごろママが背筋の寒くなる思いをしていてくれますように。
 
おせっかいおばちゃんたちのことは気にしなくていい。
わたしたちには、あとで思い出しては楽しい気持ちにしてくれる、かわいすぎる「のりくん」のおしゃべりが、ごほうびである。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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