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サンタに会えなかったはずの父


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記事:のんのんの旅(ライテイング・ゼミ2月コース)
 
 
「あと、1年ぐらいか?」
父がつぶやいた。どう答えるべきか悩んだ。
不安そうな父と母の顔をしばらく見つめ、確実に見通せる未来を伝えた。
「おそらく、残り3か月、サンタには会えないと思う」
自分の頬に、冷たいものが流れた。
両親の目の前で涙を流すのは、何年振りだろうか。
 
父は、80歳を目前にしたとはいえ、見た目は数年前と変わらない。
ほんの数か月前には、ゴルフにラウンドしていたぐらいだ。
忙しいことを理由に、実家に顔を出すことはめっきり減っていた。
数か月前から、父からの健康相談の電話の頻度が多くなっていた。
 
その日は、検査結果を聞くために病院に付き添った。
CTの写真を見た瞬間に、父の病名がわかってしまった。
今後、父がたどる数か月が、鮮明にイメージできた。
肺には肋骨に食い込むように、がんがはっきりと見えた。
数か月前から、不調を訴えていた背中には、無数の骨への転移があった。
父は、担当医からの説明にうなずいているが、よく分かっていない印象であった。
担当医は言葉を慎重に選んでいた。
伝えなければいけない真実を私に委ねているようにも感じた。
次回の入院予定を決めて実家に戻った。
 
子供の頃、サンタは、どこからやって来るのか?
なぜ会えないのか?
誰でも一度は両親に尋ねたことがあるだろう。
「いい子にしていたら会えるから、早く寝なさい。そうしたらサンタに会えるかもよ」
いつもの決まり文句である。
目が覚めた時には、枕元に手紙に書いたプレゼントが置かれていた。
 
サンタがいない真実を知ったのは、もう40年ぐらい前だろうか?
両親から、はっきりとサンタはいない真実を伝えられた。
兄からは、時々サンタの真実をそっと聞いていた。
数年前から、うすうす感じていたためか、ショックはなかった。
40年の時を経て、まさか自分がサンタの真実を父に伝えると思わなかった。
私は、なぜサンタに会えると伝えなかったのか?
父は、私に何年もサンタがいない事実を隠していたにもかかわらず。
父は、まさか末期がんであることを知らされるとは思っていなかっただろう。
自分の息子から余命宣告を受けるとは思っていなかっただろう。
数か月後の、クリスマスを迎えらないほど進行しているとは思っていなかっただろう。
 
伝わらない方がいい真実と、伝えなければいけない真実がある。
多くの親が、子供の成長過程の中で、真実を伝えなければいけない時期を考える。
家庭によっては、サンタのことだけではないだろう。
がんの宣告、余命を伝えることも同様である。
 
多くのがん患者は、うすうす自分の体の異変を感じながらも、真実を知ることを恐れている。
時には、真実を伝えても耳をふさいでしまう。
伝えたはずの真実も、伝わらないこともたびたびある。
 
医師は、患者の反応をみて、あえて全ての真実を伝えないこともある。
まるで、小さな子供なら誰もが信じるサンタの存在を否定しないように。
患者は、どんなに体の不調を感じていても、現実を受け入れないことが多い。
わざと真実を受け入れたくないのかもしれない。
そんな時には、そっと、家族に伝える。
「残り、わずかの命だから」
 
医師として、がんの告知を何人にしてきただろうか?
医師になったばかりの頃、がんの告知前に、1人で予行練習をすることが常であった。
何を聞かれるのか?を事前に考え、情報を集めた。
「ステージは?」「治療は?」「あと、どれくらい生きられるのか?」
想定質問集を何度、作成したことだろう。
 
キャリアを重ねるにつれ、慣れが生じていたことは否定できない。
がんの告知で、自分の感情の変化を感じることも少なくなってきた。
今では、若い頃のように、想定質問集を作成することはなくなった。
 
今回のがんの告知も、いつもと同じようにするつもりであった。
しかし、この時ばかりは自分の感情を抑えることができなかった。
プロとしては、失格である。
自分の父も、いつも告知している患者も、同じがん患者である。
告知をされた多くの患者は、最期を迎えるまで自分の残りの期間を問うことが少ない。
医師も残りの期間を伝える準備をするが、積極的に真実をはっきり伝えることはない。
伝えることは、能動的であるはずなのに、多くの場合聞き手である患者の質問を待つ。
時には、伝わらないように言葉をにごす。
がんの告知は、能動的であるべきか?受動的であるべきか?
答えのでない問いに何年も向き合っている。
 
告知から数週後には、モルヒネが投与された。
トイレに行くのがやっとで、母は、在宅看護に疲れ切っていた。
 
告知の日から、2年以上立った今、父は奇跡の復活を遂げている。
全身に転移したがんは、魔法のように消失した。
サンタに会えない真実を伝えたはずなのに。
 
今年のクリスマスもサンタに会うことが可能かもしれない。
だとしたら、マスクを外して家族で食卓を囲みたいと切に思う。
孫達に囲まれて、サンタのプレゼントを受け取る父の喜ぶ姿を見たい。
サンタからのプレゼントは、「かけがえなのない命」である。
もちろん、サンタの被り物をするのは私である。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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