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メディアグランプリ

「Get Back」を観て、過去の痛みが優しくゲットバックした話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大村隆(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
あの日、仕事帰りに立ち寄ったCDショップで、いつの間にか僕は静かに泣いていた。
 
“Let It Be”
“Across the Universe”
“The Long and Winding Road”
 
何百回と聴いてきた曲たちが、まったく違う深度で心に響いてきたからだ。
 
当時、まだ若かった僕は職場の人間関係に疲れ、不安と孤独に苛まれていた。ところがそのとき、偶然耳にしたビートルズの曲が、曇った心を一気に晴らしてくれたのだ。「この人たちの音楽には、マジックがある」。そう感じた。その瞬間から、彼らの曲は僕のなかで特別な存在となった。
 
だから、映画「Get Back」の公開も心待ちにしていた。
1969年1月、ニューアルバムのレコーディングと3年振りのライブショーの準備のために集まった4人を、22日間に渡って記録したドキュメンタリー。当初は2時間半ほどの長さで劇場公開される予定だったものが、現在、計約8時間の三部作として配信されている
 
劇場公開版の予告編に、僕は胸を躍らせた。そこには笑ってふざけ合う4人の姿が映っていたからだ。「不仲が原因で分裂、解散した」という通説をひっくり返すような表情の数々。見返すたびにハッピーな気持ちになった。
 
ところが、配信された本編を鑑賞し始めてすぐに「見るんじゃなかった」と後悔した。そこに仲良く、楽しそうに曲作りに励む姿はほとんどなかった。行き詰まり、重たい空気のなかで、互いにいら立ちを抑えながらなんとか体裁を保っている。そんな4人のウダウダした姿が、ダラダラと映し出されていたからだ。
 
ただひとり、ポールだけがバンドをまとめようと必死になっている。彼を鬱陶しく感じながらも、他のメンバーは仕方なく付き合っている。仕切るポール。やる気のないジョン。我慢しながら合わせるジョージ。成り行きに任せるリンゴ。ついに「もう、やってられない」と一時的にジョージが脱けてしまう。
 
危機を打開するため、ポールとジョンは2人だけで話し合う。そのときのやりとりが、僕にとってはこの作品のクライマックスだった。「ジョン、なぜ仕切らない?」と問い詰めるポール。「君は誰の話も聞かない。君はポール様だから」と責めるジョン。溜まっていた不満をぶちまけ合う2人。その痛ましい姿は、僕自身の苦い過去を呼び覚ました。
 
もう20年近く前、新聞社に勤めたばかりのこと。同じ部署に、僕を含めて4人の仲間がいた。まったく新しい紙面作りを任された僕たちは、互いに刺激しあいながら比較的楽しく働いていた。だけど、そんな時間は長くは続かなかった。もともと要領が良く、上昇志向も強かったSが、他のメンバーよりも多くの仕事量をこなすようになった。負担が増えれば、ストレスも増える。彼は周りへの不満を募らせていき、自分の基準で全体を仕切りはじめた。
 
僕はいつの間にか、そんなSの気に障らないように振る舞うようになった。同僚の1人はすべてをコントロールしようとするSに嫌気がさし、彼のことをあからさまに無視するように。プリントなども投げつけるように渡しはじめた。僕たちの溝は日々深まり、広がっていった。Sはなぜ自分が避けられるのか理解出来ず、僕とランチに行くたびに「どいつも、こいつもバカばかり」などと言うようになって、最終的に転職していった。
 
Sはただ、いい仕事をしよう、いい紙面をつくろうと一生懸命だっただけだ。その思いは、僕たちも同じだ。でも、誰かが突出すると、ほかのものはその煽りをうける。どこかに光が当たるなら、その下には影ができる。これは仕方のないことなのかもしれない。Sは辛かったと思う。そして孤独だったはずだ。けれど、立場は違っても、みんなそれぞれ辛かったのだ。
 
衝突するジョンとポールを見ながら、忘れかけていた傷が鈍く疼いた。
 
後半、ジョンは別人のようにテンション高くレコーディングに取り組むようになる。ただ、義務的に自分を奮い立たせているといった印象もぬぐえない。そんなジョンを、ポールは困惑したように見守っている。もう、自分たちはかつての4人にGet Back(戻る)することはない-。そうと知りながら、表面上は何事もなかったかのようにセッションを続ける。この冷たく、じわじわと凍みていくような空虚感は、僕にもよく分かる。
 
あのとき、互いに傷を負った仲間たち。気持ちをぶつけ合うことも、分かり合おうとすることもなく分解した仲間たち。彼らがいま、どこで何をしているのかまったく分からない。僕はその後、会社を辞めてフリーになり、曲がりくねった長い道を歩み続けている。きっと、ほかの3人もそれぞれの道を、それぞれの重荷を背負って歩いていることだろう。
 
誰かが悪いというわけでもない。なにかできることがあったのかもしれないけれど、結末は同じだったのだと思う。……あれはあれで、仕方のないことだったのだ。
 
ドキュメンタリーのラスト、ビルの屋上で真冬の風に打たれながら歌い続けるジョン、ポール、ジョージ、リンゴの姿を見ながら、当時の痛みを初めてあるがままに受け入れることができた気がした。
 
鑑賞を終えて、彼らの最後のアルバムを改めて聴いてみた。それはあのころよりも深く、優しく、親しみを伴って僕の心に響いてきた。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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