メディアグランプリ

落とし物はジェットコースター


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記事:齋藤由佳(ライティング・ゼミ12月開講コース)
 
 
落し物をした日の私の心は、ジェットコースターのようだ。
 
私は、数年に一度大事なものを落としてしまう。財布、定期、携帯電話など今まで生きてきて色々と大事なものを落としてしまった。今まで落とし物は戻ってきたことがない。落としてしまったら最後戻ってくる確率はゼロなのだ。それは過去をリセットしたというべきか、ただのおっちょこちょいなのかはわからない。
 
そして、久しぶりにいつもの出来事が起きた。
 
電車を降り、改札に向かいながらポケットに手を入れた。
「あれ? 定期入れがない……」
改札口横で荷物を引っ張り出して定期入れを探す。カバンの中の荷物を全部出しても見当たらない。
「あ…やってしまった」と思った。
そして、改札横の窓口に向かった。
「定期入れをなくしてしまいました。 今、行った電車の中で落としてしまったかもしれません」と駅員さんに伝えた。
すると、すぐに駅員さんが対応してくれた。
「次の駅で対応できるように手配します。どちらに乗られてましたか?」
「2両目の前の方の座席です」と言った。
「少々お待ちください」と言われて改札横で待機した。
待っている間は、全然落ち着かない。またどうせ戻ってこないと思いながらもどこかで優しい人が拾って届けてくれる姿を想像してしまう。
時計を見ながら会社の出社時間とにらめっこ。なんとか見つかってくれと念を入れる。
 
「お待たせしました」と駅員さんに呼ばれて急いてカウンターに向かう。
「残念ながら落とし物は見つかりませんでした。 もし、拾得物として入ったら連絡が入ると思いますので」と言われて私はがっかりした。
「やっぱりみつからないか」と心の中で呟いた。
「ありがとうございました」と言ってお金を払って改札を出た。
 
そして、時計をみると会社の出社時間まであと5分をきっていることに気づき、
猛ダッシュで会社に向かった。
 
息も絶え絶えで会社に駆け込んだ私は「おはようございます」と言うと上司が声をかけてくれた。
「今日、いつもより遅かったね。 大丈夫?」
「はい、駅で定期を落としてしまって。定期もそうですけど、来るときチャージしてしまった私に後悔してます。 一万円もチャージしてしまったんです。 一万円なんてチャージしたことなかったのになぜか今日だけチャージしてしまったんです」と言った。
そう、いつもはやらないことをしてしまったのだ。そして、電車の中で母からの連絡にイライラしていた私は、定期入れを落としてしまったのだ。
 
もう仕事どころではなかった。一日テンションはあがらない。
久しぶりのやらかしぶりに嫌気がさし、そしてなんでこんなことをしてしまったのだろうと振り返るといろいろな場面が浮かんでくる。
後悔や諦め、もしかしたらという希望に焦り、不安などありとあらゆる感情が私の中でぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。
 
私は、仕事の合間になんとか出てくる手段はないかを調べてみると一つのおまじないを見つけた。
「清水の音羽の滝に願掛けて 失たせる〇〇のなきにもあらず」と書いてあった。
 
藁にもすがる思いで私は、心の中でこのおまじないを唱えた。
トイレに行く間、コーヒーを淹れにいく間と時間があるときに何度も唱えた。
 
すると……。数時間後にまさかの電話がなった!!
 
「え!? うそでしょ!?」と心の中で叫んだ。
もしかしたら口に出していたかもしれない。
スピリチュアルなどあまり信じていない私にとってはあまりにもタイミングがよすぎる。
 
電話にでてみると……
「〇〇駅のものです。定期券の落とし物が届きましたので、ご連絡致しました。 駅でお預かりしていますので、受取りに来られますか?」
「はい! 今日必ず取りにお伺いします!」と言って電話を切った。
 
ほっとした私は、ようやく仕事に打ち込むことができた。しかし、今日の私は本当に使いものにならなかった。
 
仕事が終わり、無事に定期入れを受け取ることができた。初めて落とし物が自分のもとに返ってきたのだった。
その定期入れをみて私は「ごめんね」と思った。
私の注意散漫な性格もあるが、大事にするという気持ちを忘れていたのかもしれないと気づくことができた。落としたものが手元に戻ってくる喜びを初めて知った。私にとってはジェットコースターのような浮き沈みの激しい一日だった。
でも、振り返ると落とし物は意外に気持ちが高ぶっている時ほど見つからないのかもしれない。毎日、安定した気持ちでいられることは難しいが、それを維持できるように心がけることで私の落とし物はなくなるのではないかと思えた。
 
そして、数日後、私は同じ電車で今度は私が落ちている定期券を発見した。いつも降りる駅のカウンターに行き、駅員さんに手渡す。私と同じような気持ちで定期券の発見を心待ちにしている人がいると思うと、落とし物を見つけられた私をほめたくなる。そのほんの少しの思いやりが見えない誰かの助けになっている。落とし物は、落とさないことが一番だけど、落とした人にしかわからないドキドキの一日がここにある。天と地のどちらかになるかは見つけてくれる人次第である。
今日も電車に乗るときにポケットを確認する。「落とし物はしない」と心に誓いながら電車に乗り、一日のスタートを切る。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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