メディアグランプリ

ゆーて、まだいける


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:内野真紀(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
私はメロスか。
 
エネルギーが切れそうな状態のくせに、私の頭がのんきに考えていた。
 
 
 
その日は4日連続のバイトをこなした次の日で、本当はダラダラしたかった。
けれどもこの日、私は朝の8:45に家を出て、道路沿いで先生の車を待っていた。
 
「笑っちゃうよな。あと数時間後には私がリレーマラソンで走ってるのかよ……」
 
 
車に乗り込み、先生とおしゃべりしているうちに、マラソン会場に到着。
そこでゼミの同期たちと合流した。
 
全員、卒論を提出して緩み切った4年生だ。
 
「私たちは応援係として招集された」と言う方が自然なんじゃないかと思うのだが、残念ながら全員リレーマラソンに出場するためにここに来たのだった。
 
 
思い返せば秋頃のゼミで先生が言い出したことから始まった。
 
「みんなで走って卒業しましょう!」
 
 
いや、冷静に考えれば「走って卒業って何?」と思う。
しかも私たちは一日じゅう椅子に座って卒論を書いてばかりなのだ。
走れるわけがない。
 
なんだけども。
そうなんだけれども、私たちは「卒業イベント」という言葉で軽率に盛り上がってしまったのだ。
 
しょうがない。
私たちはコロナ禍でイベントに飢えている学生だったのだ。
 
とにかく、こうして恐ろしいことに私たちはリレーマラソンに出場することになった。
 
ゼミのメンバーを2チームに分けて競争し、負けた方が勝ったチームに何かを奢るという、いかにも学生が好きそうなゲームまで企画したからみんな本気だ。
 
 
 
私たちが出場するリレーマラソンは、全員で合計20km走ってゴールするというものだ。
つまり自分がどれくらい走るのかはチーム内で調整する。
 
私は6人チームの第4走者。
女子だからと大幅なハンデをもらい、たったの2km走れば良いということになった。
 
高校まで器械体操をしてきた私としては「さすがに短すぎる! もっと走らせろ!」と内心思った。
 
しかしこれは言わなくて本当に良かったと思う。
 
いざ走り始めると、たった500mでヒイヒイ言い始めたからだ。
 
すぐにお腹が痛くなった。
一生懸命呼吸をしても酸素が足りなくて苦しい。
痰が絡まって息ができない。
なんだか口の中で血の味がする。
気持ち悪くて吐きそうだ。
 
 
「ああ、もうマジで歩きたい」と思った。
 
何度もそう思ったというよりは、そう思い続けながら走っていた。
 
でもどうしても歩くことはできなかった。
 
走り終えたメンバーが地面に倒れ込み、ゼエゼエ言うのを見ていたからだ。
彼らは本気で走り切ったのだった。
 
しかも私の前に走ったメンバーがようやく相手チームを抜いたので、ここで私が抜かれるわけにはいかなかった。
 
 
 
と言っても「めちゃくちゃ苦しい」と体が叫んでいるのにそれに抗うのは本当にきついものだった。
 
 
「死ぬ気で走り続けよう」とか自分で言っていたが、実際に体験するのがこんなに苦しいなんて!
 
こんなに……こ・ん・な・に!
 
強い心を持たないといけないのは、このためか……
 
 
 
残念なことに1km地点で相手チームに抜かれてしまった。
 
悔しかった。
苦しい上に悔しいっていうのは、しんどすぎる。
 
でも終わらせるには、苦しくても、限界でも、前に進まないといけない。
 
 
 
あれ? 「限界」って「自分がこれ以上進めない領域」なんじゃなかったっけ?
 
もうとっくに「限界」を迎えている気がするんだが、それでも走り続けているこの状態って何?
 
 
ああこの感じ、なんかに似てるな。
 
あ、メロスだ。私はメロスか……
 
 
死ぬ物狂いでゴールを目指すこの状況はメロスと同じじゃないか?
 
(メロスが42.195km走ったのに比べて私はその21分の1しか走っていないのだから実際は同じじゃないが、その時に残されたエネルギーで私の頭が考えたことだからそう言うのも許して欲しい)
 
 
メロスはこの「限界のなか」で走り続けたんだ。私と同じ、このように!
 
「ここが限界だ」と思ってもまだいけるってことは、限界にも幅というものがあるらしいな。
 
 
 
ゴール手前の300m地点までくると、ゼミのみんなが応援するために待ち構えている。
 
「みんなに応援されたら涼しい顔を作って、そこだけ速く走るよね(笑)」とかレース前に調子に乗って話していたのが恥ずかしい。
 
もう私にはそのような余裕が全く残されていなかった。
 
 
みんなの方に顔を向けることもできず、涼しい顔や笑顔を作ることもせず、ただひたむきに走り続けた。
 
 
きっとその姿をカメラ係の子が撮ってくれたのだろうが、私はそんな写真を見たくない。
見ていられないほど必死に走っていたと思う。
 
次の人にバトンを渡すと私はフラフラと地面に倒れて動けなかった。
 
友人が水を持ってきてくれたり、声をかけたりしてくれたが、それにちゃんと応えることもできず、ただじっとうずくまった。
 
 
「もう無理、もう無理」と心の中で言いながら「あ、でもまだ生きてる」と一人で驚いたりして、本当に限界に一歩踏み入れた感があった。
 
が、一歩踏み入れただけで死にやしない。
 
限界だと思い始めてから本当の限界までは意外と幅がある。まだいける。
 
それがわかった。
 
わかってよかった。
 
 
 
走り終えてもしばらく血の味が残った。
 
実際に口の中で出血したのではない。よくわからない。
 
しかしどうであれこの味は「限界でも走り続ける味」なのであり、私はこの味を忘れたくない、と十分に味わった。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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