メディアグランプリ

「奥さん、旦那さんが天狗なら鼻は折った方が良いですが、治療もセットでお願いします」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木敬太(ライティング・ゼミ12月開講コース)
 
 
「それってスゴイの?」
「え……?」
 
私は妻のひとことに絶句した。話を聞くうち、自分の小ささを思い知るコトになる。嗚呼、1番いいトコを見せたいのに、1番みっともないトコを見せるなんて。なんなら褒めてもらうつもりだったのに、こんなにアテが外れるなんて。
 
妻との結婚生活が始まって、2年が過ぎたころだった。ある日の夕食中、私が投げかけた話題をキッカケに、温厚な妻は静かに怒った。今までに体験したことのない恐怖だった。
 
「我ながらよう頑張ってるんちゃうかな、って、思って」
「そうだね、ケータくんは頑張ってると思うよ」
「いや、先輩や同級生、特に大学行って就職したみんなより、って言う意味やけど」
「どうして?」
「みんな30万ももらってない、って、言うねん。よっぽど残業した月は別やけど、って。ボーナス入れても、年収で400万あるかないかやって」
「うん、それで?」
「自分のを計算したら、480万超えとったんよな。500万には届いてないけど、みんなからスゴいな、って言われて」
「……」
「もっと言うたら、自分で売上管理して、経費計上もして、節税できるように工夫してる。みんなは何がいくら引かれてるとか、わからんって言うねん。せっかく大学まで行ったのに、今そんな状態でもったいないと思わへんのかな」
「……うん」
「オレなんか高卒やし、途中で病気もしてる。でも、ペコペコせなアカン相手も居らんし、休みも時間も自由。もちろん売上ヘボかったら、どうにもならんけど、ウデ1本でやってるからな。プライドもあるし。大学まで行ってサラリーマンやってるみんなより……」
「ちょっと待って」
 
妻が遮った。
私は、妻のイマイチな反応に、いつの間にか必死に説明し始めていた。企業に属さず、販売員として生計を立てている自分は、そこらのサラリーマンに負けていないつもりだった。
 
「それってスゴイの?」
「え……?」
 
(ス、スゴクないのかしら)
 
「480万ってスゴイの?」
「いや、みんなに比べたら……」
「うん。ソレってケータくんの周りはそうかも知れないけど……」
「うん?」
「私の周り、同期の子たちはもっともらってたよ。出世してる子は800万以上、そうでない子でも600万以上はだったと思う」
 
妻は愛知で生まれ育った。大学卒業後、硬式テニスの実業団選手として、トヨタ系列の上場企業で働いていた。実業団の選手で雇用されていたということは、当然、それなりのウデだ。プロには及ばずとも、全日本選手権や国体にも出場していた。誰かの販売員のウデなんぞ、両ウデを差し出しても遠く及ばない。会社の同期だけではない。テニス仲間も全国区のため、就職先は一流企業ばかりだと言う。私と出会ったころの妻は、既に離職してテニスコーチだったが、生徒さんたちもトヨタかその系列で働く方やご夫婦が中心だった。
そう、私はこの話題を振る相手を間違ったのだ。
 
「ホンマに? 30前のサラリーマンでそんなにもらってるってホンマなん?」
「ホントだよ。私は大したことなかったけど、男の子は30過ぎたら1,000万超える子もたくさんいるって聞いてたよ」
「えー……。ホンマならスゴイけど……」
「うん、私はイヤで辞めたし、コーチもスキで始めただけだから、エラそうなこと言う気はないの。ただ、気になるのは……」
「うん……」
「なにと比べてるか、って、ことなの。少なくとも私の知ってるサラリーマンは、お給料だけで言ったら、たくさんもらってる。でも、私には、ケータくんの方がずっと魅力的」
「あ、ありがとう……」
 
褒められてはいるがイヤな予感しかしない。
 
「でもね。金額で比べるなら、自分より稼いでるサラリーマンもいるってこと、知ってた方がいいんじゃないかな。休みも多いし時間だって自由だよ。ケータくんの方が大変そう。金額や待遇で比べたら、彼らの方が上なんじゃない?」
 
ぐうの音も出ない、とはこのことである。いや、苦し紛れに、そんなの長く続かないとか、サラリーマンが安泰な時代じゃないとか、根拠なくどこかで聞いたようなことを言った気がする。ウデだけじゃなくプライドも、妻の方が遥かに上なのだ。私の負け惜しみを遮るように妻は続けた。
 
「私は、障害があっても病気をしても、明るく前向きで一生懸命なケータくんが好き。でも天狗にはなってほしくない。あんまり人と比べてほしくないかな。下には下が、上には上がいるじゃん。競うなら競うで上を目指してほしいの。みんながどういう思いでサラリーマンやってるかも、どんな努力やガマンをして今のお給料をもらってるかも、わからないでしょ。人それぞれだから悪く言わなくていいじゃん」
「悪く言うつもりはないんやけど……」
 
そんな言い訳は聞き逃してもらえなかった。が、追い込まれもしなかった。
 
「そう? じゃあ私の聞き方が悪かったね。ゴメンね。ね、コレ美味しいね」
 
と、この話はあっけなく終わった。鼻は複雑骨折させられたが、同時に完璧に治療されていた。これじゃあケンカにもならない。ウデとプライド、そして役者としても妻が上だった。
 
このままなにも変わらない、じゃあ男が廃る。こんな自分じゃダメだと、強く思った。私はまず、販売員で1番を目指した。収入を増やすためだ。そして猛烈に働いた。
販売員人生の終盤となる33歳には、所属メーカーの販売コンテストで全国1位になった。年収は最高で720万、と、800万にも届かなかったが、妻はスゴイね! と言ってくれた。
うむ、鼻を折られただけなら、いじけて終わっていたかもしれないが、私は同時に施された治療のおかけで発奮できたのだ。
 
そう言えば、鼻をつまむと味覚が鈍くなると聞いたことがある。
あの時の夕食の味が思い出せないのは、天狗の鼻が折られたからだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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