メディアグランプリ

ロマンスカーVSEは、やさしさにつつまれていた


202*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久田 一彰(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「さよなら小田急VSE車。本日(3/11)、小田急ロマンスカー50000形「VSE車」が定期運行を終了します」
そんな鉄道ニュースが飛び込んできたと同時に、私はOさんの笑顔を思い出した。
 
夜の街を白いロマンスカーは走った。
 
その車内で「じゃあ、乾杯しようか」と会社の先輩Oさんは、缶ビールのタブを起こした。
プシュッ!
ロマンスカーの車内にいい音が響き渡った。
 
私も続けてタブを起こし、プシュッと祝砲を鳴らした。
 
「お疲れ様でした」
「はい、お疲れ〜」
 
軽く缶をコツンとくっつけて乾杯してから、すするように缶ビールを飲んだ。
 
「あ〜、うまいな〜」
さっきまであんなに飲んでいたのに、まだ飲めるのか、とOさんの様子に驚いた。
 
今日は代々木にある支社の大会議室で、一都三県の担当者が集められていた。
東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県からそれぞれの担当者が一堂に会するのは、なかなか見られない光景だった。
 
会議の議題は、来期に向けた戦略会議で、それぞれ自分の担当エリアの業務進捗状況や実績報告を行う。
 
まるで成績表を自分でさらすような、ちょっとした気まずさもある。
 
だからなのか、今日は散々な日だった。
上司から延々と話を聞かされるし、自分達も発表をしていく。
 
先輩たちは発表しながら、時折上司から指摘されるたことや、質問されたことに対して、次々とすんなり発表している。
さながら、障害物競争のハードルをサラリと跳んでいく様だった。
 
それを必死に聞きながら、必死にメモをしていく。
 
そしていよいよ自分の番だが、みんなの視線と緊張で何を発表したのか覚えていない。
唯一覚えているのは「だからお前はダメなんだよ!」という上司のダメ出しの一言だけだった。
 
会議が終わり、懇親会という名前の宴会が行われた。
会議の神妙な雰囲気とは違い、上司や先輩の笑顔は弾け、思い思いに仕事に対する不満や情熱を語っている。
 
私もさっきの会議で怒られたことは忘れ、先輩たちに混じって会話やお酒を楽しんだ。
 
やがて宴会は終わり、それぞれの家に帰る。
途端に、また明日から仕事かと思うと、急に現実に引き戻されて暗い気分になってきた。
 
「おう、一緒に帰ろうぜ」と先輩のOさんが寄ってきた。
 
代々木から新宿まで電車に一緒に乗った。
私は町田に帰るため、小田急線に乗換口の前で「じゃあ、ここで。お疲れ様でした」とOさんにお辞儀した。
 
すると、Oさんは「俺、これに乗りたいんだ。これで町田まで一緒に帰ろうぜ」と指差して言ってきた。
 
小田急線の電光掲示板には、「ロマンスカー」の表示があり、一緒に切符を買ってホームに行くと、白いボディに赤いラインの入った、小田急ロマンスカーVSEが止まっていた。
 
「VSEってなんだ? Vault Super Express? ヴォールトスーパーエクスプレス? ドーム型の天井、天空、空間と名付けられた、7代目の新型特急ロマンスカー。ふーん、そんな意味なんだ。車内の内装は綺麗だし、照明は明るいし、窓枠が広いんだって。座席も窓側に5度傾いているし、新宿から箱根までの車窓を楽しめるようになっているのか」
 
座席前のシートに挟んである冊子をパラパラめくっていった。
最後の方のページには、オリジナルグッズの紹介があり、Oさんが指差しながら言った。
 
「このガラスカップ欲しいな」
見ると、ロマンスカーのロゴが刻印された透明なガラスカップで、丸みを帯びたデザインはロマンスカーVSEに似ていた。
 
「おい、車内でも買えるんだってさ。これ買おうぜ」と車内サービスのワゴンで回ってきた客室乗務員さんから買っていた。
 
「ゲットー!」と言いながら、Oさんは笑顔でそれを見せてくれた。
 
途中、お酒の酔いもあるのか、沈黙があったのだが不思議と気まずさはない。
それどころか安らぎみたいな安心感さえ感じられたのだ。
 
町田に着くと、Oさんは「じゃあ、俺JRの横浜線だから」と乗り換えていく。
「お疲れ様でした。また明日お願いします」と私はお辞儀をした。
 
少し家に向かって歩き始めて、おかしなことに気が付いた。
 
「あれ、Oさんの家は横浜方面だったよな。だとしたら、新宿で品川に行ってから、JR東海道線や京浜急行で帰れば早いんじゃないか? なんでわざわざ町田まで来たんだ」と疑問に思った。
 
そうか!
 
これはOさんなりの励まし方だったのだ。
会議でしょんぼりした私の姿をOさん隣で見ていたし、フォローしてくれたんだ。
それを、さりげなくロマンスカーに乗りたい、とか、VSEのガラスカップが欲しいとはしゃいでいたのも、明るい雰囲気を出してくれるための演出だったのだ。
 
それに気が付かず、お酒の席の自分を恥じた。
自分の愚痴だけ吐いた自分に。
誰も助けてくれない。
なんで自分だけこんな目に会うんだ。
そんなことを言ってしまった。
それに、普段は厳しいOさんをどことなく避けていたのは私の方だった。
 
こんなにも身近にOさんという優しい先輩がいたなんて、灯台もと暗しだ。
 
次の日、会社に行くとOさんの机の上には、ロマンスカーのロゴが入ったあのガラスカップがあった。コーヒーが入れてある。
 
「いいだろ、これ」とOさんはニコッと笑顔で見せてくれた。
その笑顔で今日は仕事を楽しめそうだ。
 
そんなやさしい笑顔に包まれたロマンスカーVSEを、これから先は写真で見るたびに思い出すんだろうな。
 
ありがとう、ロマンスカーVSE。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事