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メディアグランプリ

ロン毛で白髪、演歌のジイさんがヤザワになるまで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大村隆(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
まるでハワイだ……
 
この家に引っ越したばかりのころ、周囲の景観の素晴らしさに感動していた。目の前に広がる瀬戸内海。島影から昇る朝日で目を覚まし、波の音で眠りにつく。もしウクレレの調べでも聞えてくるなら、ハワイアンリゾートそのものじゃないか、と。
 
だが、実際に聞えてくるのは演歌だった。斜め向かいの古い家が、カラオケ教室だったのだ。
 
朝は8時過ぎから、夜は10時前後まで、愛憎と執着の塊のような歌が響き続ける。しかも、同じ曲が何十回と。おそらく教室の課題曲なのだろう。生徒さんの歌に併せて、「ハイ、ハイ~ッ!」という野太い掛け声も。特に春から初夏、窓を開けて過ごす季節はひどいものだった。あまりのうるささに、オンラインミーティングを途中退席したこともあったくらいだ。
 
なんとかしたくて、自治会長に相談したこともある。「そりゃあ何度も注意したよね。迷惑だからなんとかしてくれって。でも、駄目だったんよ。あれはもう、仕方ない」。会長はそう言って、力なく笑うだけだった。
 
教室を開いているのは、80代後半のジイさんだ。「もう少しボリュームを落としてもらえませんか?」。そう頼んでみようと何度も思った。だが、なかなか踏み出せなかった。理由はひとつ。そのジイさん、ものすごくクセが強いのだ。伸ばした白髪をなびかせて、真っ白な羽織袴を身につけている。おまけに車は純白のスカイラインだ。庭木の剪定に訪れた業者を怒鳴り散らす声もよく聞えていた。
 
僕はいつしかジイさんに「話の通じない、非常識なやつ」というレッテルを貼るようになった。そうすることで自分を納得させようとしていたのだろう。それでも、あまりに気に障るときには思わず「うるせえ!」「いい加減にせえ!」と、ジイさん宅に向けて怒鳴ってしまうことがあった。子供じみていることは分かっていた。だけど、そうでもしないと収まりがつかなかったのだ。
 
そんな状態が続いていたある日。ジイさんの独り言が聞えてきた。
 
「情けないのう。わしはもう50年もここに住んどるのに。ほんま情けないのう……」
 
長年のカラオケで鍛えた、低くてよく通る声。それは明らかに僕に向けて発せられたものだった。ジイさんには聞えていたのだ、僕のひどい言葉が。そして、おそらく傷ついていたのだ。越してきたばかりの若造に文句を言われたことに。
 
自分が恥ずかしくなった。もし逆の立場だったら、どう感じるだろう? 頭にくると同時に、悲しい気持ちになるんじゃないか。とにかく、これ以上関係性がひどくならないように、ちょっとだけボリュームを下げるかもしれない。
 
……という、うまい話にはならなかった。その後もカラオケはガンガン鳴り続けた。空しくなった僕が、悪態をつくのをやめただけだ。
 
ところが、しばらく経ったある日、思わぬ変化が起こった。
その日、妻は職場でたくさんのシュークリームをもらって帰ってきた。うちでは消費しきれないので、近所に配って歩くという。普段から挨拶を交わすご近所さんたちのところを回っているのだろうと思っていたら、ジイさんのところにも持っていったと言うのだ。
 
その瞬間まで、妻もジイさんとは交流がなかった。だから「持っていった」と事後報告を受けたときには耳を疑った。突然、あのジイさんにシュークリームを……?
 
「よく持っていく気になったね?」
「なんとなく、シュークリーム好きかなと思って」
「で、どうだった?」
「最初はかなり怪訝な顔をされたよ。でも手渡すと『ああ、シュークリームね。これは好きなんじゃ』って。それで、『お返しに』って、これ」
 
妻の手には「毎日健康 野菜ジュース」が数本握られていた。
 
シュークリーム好き、そして野菜ジュース。任侠ものに出てきそうな風貌からは、想像もできない取り合わせだった。自分の中で、ジイさんに対するイメージがちょっとだけ揺らぎはじめた。「もしかしたら、思っていたのとはまったく違う人なのかもしれない」と。
 
それから3日と経たないある日、前の通りを歩いているジイさんを見かけた。試しに、軽く「こんにちは」と声をかけてみた。ジイさんは一瞬ギョっとしたようにこちらを見たものの、「ああ、こんにちは~」と明るく返してくれた。しかも少年のような笑顔で。また別の日、ジイさんはいつもの出で立ちに加えて、金色のラインが入ったスニーカーで歩いていた。「よくお似合いですね、その靴」と言うと、「おお、そうですか。ありがとう。あはははっ」と照れ笑いで応えてくれたのだった。
 
その後も妻はジイさんに菓子などを持っていき、そのたびに野菜ジュースをもらって帰ってきた。あるときは婦人服を数着もらったことも。「あんたにぴったりじゃと思ってのお」と、選んでくれたという。
 
話が通じないとか、任侠ものとか、いずれもこっちの思い込みだった。ほんとは優しくて、義理堅い人なんだ。そしてきっと、孤独なのだ。内心ではご近所さんとのコミュニケーションも求めているけれど、不器用で、うまく表現できないでいるのだろう。
 
ロン毛の白髪をなびかせて、羽織袴でスカイラインに乗っているジイさん。それは80代後半になっても自分のスタイルを貫いている証じゃないのか。きっと自分のことが大好きなのだ。そんなヤザワみたいなジイさん、僕の周りにはほかに見当たらない。格好いいじゃないか。
 
カラオケのボリュームが下がったわけではない。演歌はいまも毎日鳴り続けている。でももう、僕の中で演歌として響いてはいない。それはシャイで孤独なジイさんにとっての、まぎれもないロックなのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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