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子どもの習い事はバニラエッセンス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本のぞみ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
確か20年くらい前だったかと思う。小学生だった私は、お腹が空いていた。
いつものように、台所の戸棚をガサゴソと物色していたところ、茶色い小瓶を見つけた。
ラベルには「製菓用バニラエッセンス」 とある。
蓋を開けると、ふわっととても良い匂いが広がった。それは、バニラアイスのそれであり、ちょっと良いクッキーの匂い……私の頭の中には、数々のお菓子が一瞬のうちによぎった。
思わず一滴指にとる。この茶色い液体、さぞ甘いんだろうな。
ペロリと舐める。
「う……まずい。全然甘くない!」
そう、バニラエッセンス自体は全く甘くない。
このなんとも言えない甘い匂いは、全く味に寄与していないのだ。
バニラエッセンスの意外な味に驚き、腹ペコが故にこんなものにまで手を出してしまった自分が、我ながら恥ずかしかった。
 
話は変わるが、子どもの習い事はバニラエッセンスみたいなものではないかと思う。
子どもに何を習わせるか、多くの親が一度は考えたことがあるのではいか。
4歳児の70%以上が習い事をしているという調査結果もあるくらい、習い事をしていない子どもが今では少数派である。
そして、習い事の延長に大成することを、かすかにでも期待しない親はいないのではないだろうか。
 
長女のコダマが新体操の教室に通い始めたのは昨年7月のことだった。
あと数か月で4歳になろうというタイミングだった。
本当は普通の体操教室に通わせるつもりだったのが、都合よく近所に教室が無かった。
私の仕事終わりに間に合い、通える距離にあったのがこの「新体操教室」だった。
以前何気なく見せた動画に興味を持ち、何度も見ていたことから、本人もきっと興味があるのだろうという安易な考えだった。
 
無料体験の申し込みをし、いざ当日。
地域の小学校の体育館で開催している、1時間ほどの内容だった。
会場へ入り、先生に挨拶する。なんと、幼児クラスは先月入会した1人しか生徒がおらず、今日は、我が家ともう一人が体験として参加しているという状態だった。
内容は簡単なストレッチや走ったりジャンプしたりというワークアウトが主な内容だった。
特別難しい内容ではなく、幼児向けの体操と遊びが混在しているようなプログラムだった。これならうちの子でも難しくないな!
そんな親の気持ちとは裏腹に、コダマはずっと後ろに隠れたまま、親の足の隙間からお友達がレッスンを受けるのを見ていた。
「コダマちゃんもいっしょにやろうよ!」
そう先生が声掛けしてくれても、見向きもしない。完全無視。
ちょっと、うちの子にはまだ早かったかなぁ。
 
残り15分程度になった。ここで新体操特有の「手具」たちの登場。手具とは、リボンやボール、フラフープである。
女の子ならば一度は憧れたことがあるのではないだろうか。私も子どもの頃は漏れなくそうだった。まさか、こんな幼児でも手具を使うとは。
 
そして、それらを見た我が子は突然「コダマちゃんも!」 と言ってフラフープを自ら持ち出した。
まるで、手具の魔法にかかったようだった。一瞬にして娘の心は手具のとりことなっていた。
 
相当興味が湧いた様子で、終わりの時間になってもなかなか離そうとしない。
何とか説得して終わりの挨拶となった。
挨拶となると、魔法は解けた。いそいそと私の後ろに隠れてしまうひかりなのであった。
 
「どう? また遊びに来てみる?」
「……(コクン)」
何か思うところがあるのだろうか。
結局、運営の方のご厚意により無料体験をあともう2回経て、無事に入会の運びとなった。
「まぁ、続けばいいし、辞めたければやめればいいか」
あまり期待しないようにしよう。それだけは心に誓った。
 
それから半年が経過した。
何とか習い事は続いていた。入会するお友達も徐々に増えていった。
入会当初は、私から離れられず、ワークもやったりやらなかったりすることが多かった彼女も徐々に慣れ、先生の指示の通りに参加することができるようになっていった。
3月の発表会に向けて、振付を家で練習するようになるまで楽しんでいた。
 
発表会直前には2回のリハーサルがあった。
桜色で、チュールのスカートが付いたレオタード。胸元には小さな濃いピンクのリボンと、2つのビーズがきらりと光っている。このレオタードがお気に入りで、リハーサル着用の為にタンスから出しておいたものを、「見てみて~~!」と父親に何度も自慢して見せていた。
 
いよいよ明日が本番。
「明日はさ、席から『お~い! コダマ~~~!』 って叫ぶから、ちゃんと手を振ってよ!」
「そんな事したら、うるさいじゃーん!」
にやけながらはしゃいでいる彼女を見ると、この半年間での成長を感じた。
 
そして本番当日。オールバックのお団子姿に、お気に入りのレオタードを着用、更に舞台用のメイクまで完璧に決めた姿で意気揚々と車に乗り込んだ。
‥‥‥までは良かった。
 
会場に到着し、お友達と一緒に会場入りするその時、
突然、私から離れられなくなってしまったのだ。
「イヤ!! イヤイヤイヤ!!!!!」
 
抵抗むなしく、スタッフに抱き上げられ、連れられていった。
あぁ、こりゃあ本番踊れないかもなぁ‥‥‥
 
無力感が押し寄せた。いや、分かっていた。期待しちゃいけないってわかっていた。
本人が舞台に出て来なくても、がっかりするのはやめよう。今日ここに来るまでの半年間で、確かに成長したじゃないか。
 
「子どもの習い事」はバニラエッセンスのようなものである。
ちょっとだけ「特別」で、ちょっとだけ成長を促してくれる、そんな刺激になれば良い。
ミルクアイスに数的垂らせばバニラアイスになる。でも、本質はミルクアイス。
それ自体で何か結果が出なくても、本人が少し変わる手助けになれば、それで十分じゃないか。
 
「おかあさ~~~~ん!」
終演後の出口で待つ私の元へ、大声で駆け寄ってくる長女をぎゅーっと抱きしめた。
「すごかったね! 全部きちんと踊れたね!! かっこよかったよ!!!」
「やめてよぉ~お化粧ついちゃう~」
 
いろいろな不安はあったものの、先生やお友達の手助けもあり、結局舞台上では張り切って演技を披露してくれたのだった。
 
その晩私は聞いてみた。
「今日さぁ、一番うれしかったことって何?」
「え~っ……お母さんには内緒~! お父さんに言う~~~!」
そう言って、半年前から少し大人びた顔が盛大にやけながら、何も教えてはくれなかった。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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