人生に偶然の種をまこう
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北見 綾乃(ライティング・ゼミ2月コース)
“お申し込みが完了いたしました”
画面の文字をみて、ハッとわれに返る。
またやっちまった!
もともと私はどちらかというとかなり保守的な人間だ。普段はビビりであまり思い切った冒険はしない。
しかし、
仕事でむしゃくしゃしているとき。
なんとなくやる気の出ないとき。
夜中に一人で仕事をして妙にハイなとき。
特に仕事のストレスがピークになると、つい、この、右手が勝手にクリックしているんだっ……! 後先のことを考えずに。
例えばバンドボーカルの募集だったり。
100km走るというウルトラマラソンの大会だったり。
インフルエンサーと個別面談がある交流会だったり。
1年間、夜間休日に受けるデータサイエンス講座だったり。
ライティングのゼミだったり。
そしてまた、新しく申し込んだのはイベント等の「企画」を作る講座。
リストアップしていても我ながら節操のなさにめまいがする……。本当に計画性皆無だ。
偶然見かけたこの手の募集案内に対して、ちょっとでもいいなと思った瞬間、普段なら私の理性はすぐさまこんな風に冷静なツッコミをいれてくる。
「いやいや、アンタ、自分の実力考えたの?」
「ただでさえ忙しいでしょ? そんなん、大変なわりに役立たないよ」
たいていは、それで右手を引っ込める。
が、頭が疲れてくると、私の欲求の暴走は止められない。つい後先考えずにノリで、唐突なチャレンジ始めてしまう。そして、案の定大変な目に合い、後悔をする。このループをちっとも学習することなく、延々繰り返している。
が、一方で、そのおかげで今の自分があるとも言えるのだ。
正直にいって、これら数々の思いつき的行動が直接、私の人生をバラ色に変えるようなインパクトをもたらしたことは一切ない。残念ながら、ないっ。どちらかというと大抵、周りの人に迷惑をかけ、恥にまみれて終わる。“うまく仕事に活用できて成功した”などというウハウハなストーリーも当然ない。今、大々的に自慢できるような経歴が一切ないのがその証拠だろう……。理性のしてくるツッコミはある意味正しい。
しかし、その経験の中で「会えてよかったな」と思えるような出会いがあったり、後から意外なところでちょっぴり役に立ってるな、と気づくことがあったり。はたまた日常にちょっとした張り合いが出ることも。そんな風に、決して悪くない結果をもたらすことがあるのだ。いや、むしろそういうことが多い。非常に多い。だからこそ、多分、懲りずにポチってしまうのだ。
私の右手の人差し指が動いて、申し込みボタンや送信ボタンを押すたびに、私は多分、種まきをしている。
現状をちょっと変えたい、何かに挑戦してみたい……そんな思いと、偶然見かけた新しい世界への扉が触れ合って、私の手の中に種を生む。それを実際にまくかどうかは自分次第だ。
なんの種だかは分からない。花が咲くか、実が出るか、はたまた風変わりな葉っぱを出すか。いや、そもそも芽が出るかも分からない。でも、種はまいてみないかぎり、何も生えないのは事実だ。どこかからともなく飛んできた雑草の種は生えるかもしれないけれど、あんまりそういう形で植物を育てようとする人はいないだろう。
そして植物はもちろん、すぐに育つわけではない。毎日少しずつ水をやる。たまには肥料をあげる。広い場所への移し替えだって必要かもしれない。様々なことをしてやっと育っていく。
また、時には心を鬼にして、育ちが悪いものを間引きすることも大事なことだ。
なんだかそんな行為に似ている。
今の私のプランターには、人に熱望されるような立派なものは生えていない。ただ、たくさんの種類の経験によって生まれた小さな芽は、私とごく近い周囲の人をちょっぴりだけど、楽しませてくれていると思う。
私は昔から、自分の描いた理想の計画にピッタリ合った人生より、今想像できていない“偶然の出会い”から生まれていく未知の世界を歩むことに期待してしまう性分だった。
理想の計画は今の自分の知識の範囲内でしか作れない。そして自分の知識がほんのちっぽけな範囲にしかないということは自覚している。世の中にはたくさんの知らないことがあって、それに触れられるのは偶然によるものが大半だ。だから、いろんな偶然を体験したい。
そんな欲求があるのかもしれない。
そういえば、今の仕事だって、最初から思い描いたものではなかった。
私は工学部の学生だった。大学入学時は、将来IT系の会社にでも入ろうと思っていた。
しかし、たまたま選んだゼミで看護師さんの業務改善をテーマにした研究をすることになり、1か月間実際に看護師さんの手伝いをした。手伝いというよりはむしろ邪魔をしていたという感じではあったが(ごめんなさい……!)、日中だけでなく、夜勤までおこなうそこそこハードなシフトだった。担当したのは小児科。入院している子供たちや看護師さんたちとふれあい、間近で医療現場を見たことで、卒業後は少しでも医療に関連する仕事をして、この場に貢献したいと思った。
工学部学生が就活から突然医療にかかわる仕事を選ぶ……。当時の私の知識の範囲では、せいぜい製薬会社、医療機器会社の営業担当に応募するくらいしかできなかった。
時代は就職氷河期に入った頃。内向的なくせに営業志望。何社も何社も受けたが、なかなか内定がもらえなかった。しかし、唯一最終面接までいくことができた製薬会社があった。
その役員面接で唐突に聞かれた。
面接官「あれ? 授業で統計解析取ったの?」
私「あ……、はい(成績見えてます? なんとかギリギリで単位とれたレベルですけど……!)」
面接官「来年から臨床試験のデータ解析部門を作ろうと思っているんだけど、営業じゃなくてそっちはどうかな?」
統計解析学の実力に一抹の不安はあったものの、“いや、むしろそっちの仕事がやりたいですッ!!! 営業、正直不安でしたッ! その成績でもよろしければ、ぜひ!”ということで即刻飛びつき、応募の時点でも知らなかった仕事に就くことになった。望んでいた以上の仕事だ。奇跡のトスをいただいたと思っている。
これはただ運が良かっただけといえるかもしれないが、動いてみない限りはこんな奇跡も起きることはない。
偶然やチャンスは行動から生まれる。
今自分がすでにもっているものを大切に育てていくのが、何より大事なのは確かだ。しかし、たまには新しい種をまくのもきっと悪くない、そう思う。これからは勇気をもって意識的に新しいことに飛び込んでみてもいいかもしれない。
今回勢いで申し込んでしまった新しい講座。ビクビクしながらも、またここから少し新しい世界がひらけるかもしれない、とワクワクしている。
季節はちょうど春。もうすぐ新年度だ。
新しいことをはじめてみるのにちょうどいい時期かもしれない。
***
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