メディアグランプリ

ひとになにかを「教える」、ということ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:スズキ ヤスヒロ(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「じゃ、この太鼓つかって。それっぽく叩いてりゃいいから」
20年ぐらい前、魚屋の若旦那に誘われ和太鼓をはじめた。その初日のことだ。
遅刻したのか、すでに練習ははじまっていた。誰も私たちなど気にせずに、真剣に太鼓を叩いている。
「え? 私やったことがないんですけど」
「なに、大丈夫! じゃっ、がんばってっ!」
白い歯をキラキラさせてニコッと笑うと、若旦那は練習に加わっていった。
 
「一体、どうすりゃいいんだ……」
以前に少しパーカッションをやったことがあるので、その要領で、おっかなびっくり、たたきはじめた。
 
ほどなく、師匠が苦笑いしながらやってきた。
「おう、魚屋。なんだその、たたき方は! ドラムじゃねえんだよ」
年の頃は50代後半から60代ぐらい、引き締まった身体、真っ黒に日焼けした肌。言葉づかいは荒いが、目の奥は優しく笑っている。
私はサラリーマンであって魚屋ではない。でも『魚屋ではありません……』と言い返すのも、野暮な気がした。
「あんた、和太鼓は素人だね」
丁寧に手の使い方を教えてくれて、目の前で叩いてみせてくれた。
 
なんとか、初日の稽古が終わった。
師匠がメンバーに紹介してくれた。
「おいみんな! 新入りの、魚屋さんのダチの鈴木さんだ。みんな、自己紹介しねーな」
師匠は言葉づかいが、落語のようだった。『江戸弁』とでもいうのだろうか。築地市場で働いているそうだが、魚河岸ではみな『江戸弁』でしゃべっているのだろうか……。
 
「へい。手前は、兄さんの紹介で師匠にお世話になっておりやして……」
 
自己紹介をするメンバーも全員『江戸弁』。師匠にあわせているのか、和太鼓の世界は、『江戸弁』が共通語なのか……。
 
メンバーは、師匠のお弟子さん、プロの和太鼓奏者の卵、演歌歌手のお弟子さん、などの『プロ』がほとんど、一人だけみんなから「先生」と呼ばれている、養護学校の先生がいた。
 
プロ集団のなかに、ど素人の自分が一匹。
私は、江戸弁なんてしゃべれない。
『市民文化講座』みたいなものだと思っていたのに、「どえらいところに、飛び込んだものだ……」
 
次の練習日のことを考えると、憂鬱になった。
「なにしろ、練習せねば」
和太鼓は100万円ぐらいするので、とても買えない。
ガソリンスタンドで古タイヤをもらってきて、練習用の太鼓、をつくった。
本物の和太鼓にはほど遠い。
でも、必死になって、練習した。
魚屋の若旦那も、鮮魚店の閉店後に、練習につきあってくれた。
 
うまく叩けていないと、師匠にスグにバレる。
でも『下手なこと、うまく叩けないこと』で、師匠は絶対に叱らなかった。
できていないと、近くに来る。そして何も言わず、大きなフリで叩いてみせてくれる。
師匠は、ほとんど言葉で教えない。
「見て、身体で覚えなさい」
そう云っているようだった。
 
練習は、毎週日曜日の朝7時半から。
平日は9時に起きれば仕事に間に合う。でも、日曜日は6時半には起きねばならない。その頃は、仕事が特にキツかったので、日曜日はぐったりと寝ていたかった。
 
地道に練習を続けるうちに、少しずつ、太鼓が叩けるようになってきた。
師匠が近くにきて、直される、回数も減っていった。
練習をはじめて半年もすると、師匠に直されることが、ほとんどなくなった。
 
それまでは、ただ必死だったが、余裕をもって演奏できるようになり、周囲が見えるようになってきた。
 
すると実は、魚屋の若旦那がけっこう『苦労』していることがわかってきた。リズムを数えるのが苦手らしく、指でリズムを数えながら、必死に演奏していた。
「大変そうだな……」
横目で見ている自分は、今から思えば、優越感にひたっていた。
さらに、他のメンバーから、
「前から和太鼓やっていたのでしょ……」
などと云われ、完全に調子にのっていた。
 
でもその頃、自分では『調子にのってはいけない……』と、優越感や慢心が出ないように心がけていたつもりだった。
 
太鼓を始めて一年もすると、みんなが苦労するような難しいフレーズでも、少し練習すれば、すぐに演奏できるようになった。秋祭りのイベントのために、新曲の練習をしているとき、珍しく、師匠が近くに来た。
 
「きちんと、叩けているのに、なんだろう?」
いつも、何も云わない師匠が口を開いた。
「お前のは、太鼓じゃない。曲芸だ」
師匠は、見たこともない、厳しい目をしていた。
 
師匠はとても大切なことを伝えてくれていた。今は、それがわかる。
でも、その頃の自分は、そう思えなかった。
 
「へい。すいません」
 
口では師匠に謝ったが、内心、腹が立っていた。
「こんなの音楽じゃない。やっていられるか!」
 
練習日の早起きがシンドイこともあって、練習をサボるようになり、ほどなく太鼓をやめてしまった。
 
昨年の年末。大掃除をしていると、古いVHSのビデオテープがでてきた。
和太鼓をやっていた頃に『師匠が演奏している』と、もらったものだった。捨てようかと思ったが、廃棄しようとしていたビデオデッキで再生してみた。
 
師匠が障がい者の若者たちに、太鼓を教えている映像が流れてきた。
「ドン・ドン・ドン・ドン」
ただ、みんなで太鼓を叩くだけ。ただ、それだけの映像だ。
 
みんな、一生懸命、太鼓を叩いている。画面の中の師匠は、満面の笑みをたたえ、でも、真剣な目をして必死に太鼓を叩いていた。
音が胸に迫り、心が強く揺さぶられて、目頭が熱くなってきた。技術のレベルは低い。だが、それを大きく超える表現に、心を強く動かされた。
 
下手だったり、間違えたりしても師匠は、絶対に叱らなかった。
師匠に叱られたのは、真剣に太鼓と向き合うことを忘れていた、あの時だけ。
 
いまでは自分が、あの時の師匠のように、若者を指導する立場にある。
「自分は、技術の優劣だけで若手を評価し、指導してきたのではないか……」
 
強い後悔や焦りを感じながら、画面をみつめていた。
 
4月。入社してきた緊張と期待に溢れている新入社員たちが、太鼓を始めたときの自分と重なる。
「さあ、なにを、どう伝えようか」
 
 
 
 
***
 
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2022-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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