僕はおとこのこ。その意味は、まだ知らない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大江 沙知子(ライティング・ゼミ2月コース)
※この記事はフィクションです。
暗い。
底なしの暗闇に、僕は浮かんでいる。ここはどこだろう。広がるのは、ただ闇ばかり。そして、
とくん、とくん、とくん、とくん……
これは一体、何なのだ。僕の身体が波打つこれは、何なのだ。
僕は暗闇に浮かびながら、ただひたすらに眠っていた。
ウチュウ。まどろみの中で、そんな言葉を思いついた。
意味は知らない。
「聞こえますか?」
遠慮のかけらもない大きな声に、目が覚めた。やたら甲高くて耳障りだ。一体誰だろう。
「ミカンは好きですか? ブドウは好きですか?」
何のことだろうか。ミカンとは何だ。ブドウとは何だ。僕が黙っていると、別の落ち着いた声がした。
「娘ちゃん、さすがに赤ちゃんはミカンもブドウも知らないと思うけど……」
「え、じゃあ、うーんと……イチゴは好きですか?」
落ち着いた声が「ふふふ」と笑うと、僕の『ウチュウ』が大きく揺れた。
これじゃ眠れたもんじゃない。僕は、「どんどん」と脚を動かして抵抗した。
「あ、動いた! イチゴ好きだって」
必死の抵抗だったのに、声の主たちは一層嬉しそうに笑い転げる。甲高い声が、
「それから、カキとメロンとスイカと、あとミカンとブドウ。どれが好きですか?」
と畳みかけるように話しかけてきた。僕は呆れておとなしくしていた。
その日から、2人の声は頻繁に聞こえるようになった。そして時々、低くてどっしりした声も混ざることが増えた。どうやら、甲高い声は≪娘ちゃん≫、落ち着いた声は≪ママ≫、低い声は≪パパ≫というらしい。
最近、3人の会話でよく話題に上るのは「おとこのこ」「おんなのこ」という言葉だ。ただし、その意味を僕は知らない。
例えば、ある日≪娘ちゃん≫がこんな質問をした。
「ねえ、赤ちゃんはおんなのこ?」
「うーん、どうかなぁ。娘ちゃんは、どっちだと思う?」
「えーとね、保育園で一緒のAくんには、妹ちゃんがいるんだよ。Bちゃんは、弟がいる」
「そうだね」
どうやら、彼らの世界には、3人以外の声の主もいるらしい。
「パパは、おとこのこ?」
「そうだよ」
「ママは、おんなのこ?」
「そうだね」
その答えを聞いて、うーん……と黙り込む≪娘ちゃん≫。しばらくして≪ママ≫が言った。
「あのね、女の子じゃないかな、って病院の先生が前に教えてくれたの。だけど、女の子だって断定するのは難しいから、まだ分からないかな~」
「そうなの! おんなのこ!」
≪娘ちゃん≫はどことなく嬉しそうだ。この日から、3人の会話は「おんなのこ」が前提で進むようになった。例えば、ある時こんな会話が聞こえてきた。
「女の子だったら、名前は何がいいかな?」
「そうねぇ……ユカリちゃん、ミオちゃん……あっ! 最近人気の名前だと、ツムギちゃんっていうのもあるみたいよ。かわいい!」
≪ママ≫の声はウキウキしている。でも、それを聞いて、僕はむしろそわそわした。そわそわ、という言葉の意味も知らないけれど、これがしっくりくる気がしたんだ。
ある日、僕がまどろんでいると『ウチュウ』が大きく揺れた。
この頃になると、僕の『ウチュウ』も完全に真っ暗という訳じゃなくて、白っぽい時もあれば、やっぱり黒い時もあった。
今、『ウチュウ』の外はざわざわしている。僕はもう、高い声が「おんなのこ」、低い声が「おとこのこ」だと分かるようになっていた。だけど今日はいつもの3人とは違う声がたくさん聞こえる。
「エコーで見ますから、横になってください」
これは聞いたことのない「おとこのこ」の声だ。『ウチュウ』が揺れて、それから僕は強い力でぐにゃり、ぐにゃぁ~、と押された。「何するんだ!」と、僕は脚を蹴り上げて抵抗する。
「よく動きますね」
「はい」
僕が必死で蹴っているというのに、≪ママ≫は嬉しそうだ。ぐにゃ~、ぐにゃ~と押されるのにひとしきり耐えると、また「おとこのこ」が言った。
「はい、順調です。もういいですよ」
「あの、先生。性別って分かりますか? 以前、女の子かなって言われたきりなんですけど」
≪ママ≫がおずおずと聞いた。先生、と呼ばれた「おとこのこ」が答える。
「ああ、知りたい? 知りたくない人もいるからわざわざ見ないんだけどね」
「お願いします」
おいおい、またかよ……ぐにゃ~、と押されながら僕は顔をしかめる。でも、今度はすぐに終わった。先生がさらっと告げる。
「――男だね」
「お、男! 本当ですか?」
「うん、ほらこれ。見えるでしょ」
「うわぁ~。てっきり女の子だと思ってました……」
≪ママ≫はなぜだか、呆然とした声色だ。一方で、僕はちょっぴり嬉しかった。ようやく、僕という存在を認めてもらえた気がした。こういうのって、しっくりきた、とか言うのかもしれないな。
そう、僕は「おとこのこ」。その意味はまだ知らないけれど。
しばらくして『ウチュウ』の中がパッと明るくなった。僕は眩しい光に目を細める。
そういえば、『ウチュウ』の外は、一体どうなっているのだろう。≪ママ≫や≪娘ちゃん≫や≪パパ≫や、他の色々な声の主たちがいる場所は、何という名前なのだろう。
オヒサマ。僕は再びまどろみに沈みながら、そんな言葉を思いついた。
意味は知らない。だけど、『オヒサマ』の世界は、きっとピカピカと明るいに違いない。
僕がいつか『ウチュウ』を抜け出して、『オヒサマ』に行く日は来るのだろうか。
そして、『オヒサマ』にいる声の主たちに会える日は来るのだろうか。
そのとき、「おとこのこ」「おんなのこ」の意味も分かるだろうか。
その日が2ヶ月後に迫っていることを、おなかの中で眠る彼はまだ知らない。
***
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