メディアグランプリ

無口な飲み屋の店主が、人付き合いの理想を見せてくれた。

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香月祐美(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
不本意だけど、昔からいろんな人に言われる言葉がある。
 
「何を考えてるか分からない」
 
前の仕事場で上司から言われた。
しかもカウンセリングを受けているときに。
予想外な言葉に、そのときの私は「じゃあ、どうすればいいんですか」と聞き返すのがやっとだった。
決して、上司が嫌いで自分のことを話さなかったわけではない。
上司曰く、カウンセリングなのに私の内面が全然分からないのだと言う。
そんなバカな、こんなに話してるつもりなのに、なぜ?
話の聞き出し方がうまくないのでは?
なんて、心の中で上司のせいにし始めたが、上司曰く、全然話してくれない、「普通」の人に比べて断然、言葉が足りないらしい。
 
言葉が少ないだけでなく、表情にも出にくいタイプだと自覚したのは、ディズニーシーでだった。
一緒に行った友人が、私には分かってるわよとでも言わんばかりに「今、すごくワクワクしてるよね? 相変わらず顔にはあまり出てないけど」と言ってきた。
前泊させてもらうくらい楽しみにしてたのを、この友人は知っている。
大好きなディズニーで、今まさにアドレナリン最高潮っていう時に、そんなことを言われるほど分かりづらい私って……。
その日一番心に残ったのが、アトラクションでもパレードなく、友人の一言になった。
 
そんな私が、転職して塾講師になった。
何を考えてるか分からないと言われるとはいえ、「教える」ことさえしっかりしておけば問題ないでしょ? と思っていた。
子供もいない私が、いきなり20近く年下の人を相手にするのだから、そんな考えが甘いことなんて、すぐに分かることになる。
 
淡々と、教えることだけをしていればいいわけではなかった。
学校よりも断然少ない人数を相手にする塾だったので、「ちゃんと話を聞いてくれてるな」とか、一人ひとりの様子が手に取るように分かる。
自分も子供のころ、学校で好きな先生、嫌いな先生がいたことを思い出した。
好きな先生に教わると、それだけで好きな教科になったりもした。
相手にとって、何を教わるかだけでなく、誰に教わるかも大事だということを思い知った。
これまで、「何考えてるか分からない」という評価を受け続けてきた私。
子供たちからも、そういう風に見えているのだろうか?
かといって相手の興味をぐっと引き寄せるような、面白い話ができるタイプでもない。
大人相手でそうなのだから、子供相手にどう接すればいいか分かるはずもなく、悶々としながら疲れてしまう日々だった。
 
疲れて夕飯を作る気力がない仕事終わりに、立ち寄る飲み屋ができた。
店の中央に店主が調理をするキッチンがあって、周りをカウンター席が囲んでいる。
私はいつも店主の後ろに座って、淡々と調理する背中を眺めていた。
ある時、いつものように疲れ顔でご飯を食べていたら、
「青魚、好きだよね」
前からごめんねと言いながらカウンター越しに、イワシフライを手にした店主が話しかけてきた。
「!?」
これまで店主と話したこともないし、普段、料理は他の店員さんが運んでくれる。
どうして私の好物を知ってるの?
イワシフライを受け取ったはいいが、疲れてぼんやりしていた私は、「あ……えっ……?」としか言葉が出てこない。
これでは千と千尋の神隠しのカオナシだ。
「だっていつも食べてるじゃん」そんなカオナシを怪しまずに話しかけてくれる店主。
そしてこの日、店主はカオナシの名前を聞いてくれた。
 
たまにしか寄らないからすぐ忘れられるんじゃないかと思っていたけど。
その日を境に、お店に入ると「いらっしゃいませ」から、「おかえり」になった。
すると不思議なことに。
疲れてカオナシ顔でご飯を食べるだけの場所が、暖かい場所に変わった。
店主が一人で調理をする小さな飲み屋なので、お客さんが一気に入るとどうしても提供が遅くなる。
カオナシを卒業して気がついたことがある。
ここには、どんなに待つ状況でも怒りだす人や不機嫌になる人が誰一人としていないことに。
「急にたくさんオーダー入ったから、頑張って作ってるわねぇ」
なんて、隣の夫婦は忙しそうに動く店主を酒のつまみに、楽しそうに待ちながら飲んでいる。
この飲み屋に暖かさを感じているのは、どうやら私だけじゃなかったらしい。
「今、注文しても大丈夫?」
なんて、店が忙しそうだと客が気を使っている。
お客さんはみんなここが大好きで、だから暖かい。
 
何がそうさせているの?
「俺、超口下手よ」
という店主は、たまに暖かい店内を氷点下に陥れるオヤジギャグを発するが、基本、黙々と料理を作るだけである。
ただ。
私をカオナシから人間に戻してくれた店主は、一つひとつを丁寧に覚えている。
名前はもちろん、よく食べるものもそう。
「こないだ入店断っちゃってごめんね」なんて、ひと月以上時間がたったことでも、当然覚えている。
恐ろしいほどに覚えているのだ。
 
上手な人付き合いのために、自分が話上手である必要なんてないんだ、と思った。
相手のことを知るだけでも、十分コミュニケーションになるんだ。
無口な店主が作るこのお店のように、暖かい場所を私も仕事場で作れたら、そう思った。
 
それから私は、塾で相手を知る努力を始めた。
自分から無理して何かを話そうとするのは、もうやめた。
相手の話を聞いて、覚えることに徹した。
少しずつ子供たちとの共通の話題ができて、打ち解けはじめると、授業も圧倒的にやりやすくなることを身を持って知った。
今でも、「学校のテストで100点とったよ!」と嬉しそうに駆け寄って来た小学生と話していたら、それを見ていた高校生が「小学生が嬉しそうにテストのこと言ってくれたのに、先生反応薄いよね」と笑いながら突っ込まれるくらい、相変わらずなのだが。
でも子供達とコミュニケーションが取れるようになってきたことで、私は、塾が勉強の場だけでなく、子供たちの居場所にもならないか、と考え始めるようになった。
そこで、3月は学校が春休みだし、塾の子たちを誘って河原でBBQを企画した。
学年はバラバラだし、中には学校に行きづらい子もいるけど、なんと、みんなやって来た。
ずっと食べている子、河原で遊ぶ子、それぞれ好きに過ごしている。
年上の子が、「お肉まだ?」と言う年下の子の面倒を、自然と見ている。
ひたすらお肉を焼いていたら、「河原で面白い石を見つけたよ!」と得意げに石を見せてくれる子もいる。
子供たちの様子を見ていたら、今はすっかり行きつけになった飲み屋を思い出した。
無口な店主が作るあの素敵な空間を、私も作ることができているだろうか、と心の中で呟きながら。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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