メディアグランプリ

どうしようもない短所が、少しだけ愛せるようになった理由


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北見 綾乃(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「おうっ! PTAパトロール隊! 今日もご苦労さん」
 
私が差し出す駐輪場の回数券を受け取りながら、受付のおじさんがそう声をかけてくれた。いや、私はもはや“PTAパトロール隊”ではない。そういった活動から解放されて久しい。
 
顔を上げるとそこにあったのは見知った人懐っこい笑顔。
 
「あ、コナカさん! おはようございます」
 
以前は確かに、「〇〇小学校・PTAパトロール」と書かれた黄色いプレートをママチャリの前カゴに付けていた。息子達が小学生の頃だから、10年も前になるだろうか。コナカさんと出会ったのはその頃だった。その頃からコナカさんは私のことをそんな風に呼ぶ。
 
たまに「あれ、名前、なんていったっけ?」と聞かれることもある。そのたびに「キタミですよ。北海道の地名にあるキタミ」と答えるが、コナカさんにはちっとも覚えてもらえない。それで何年たっても私は彼の中で「PTAパトロール隊」のままなのだ。
 
駐輪場の運営係はシルバー人材センターから派遣され、日替わりで担当が変わる。挨拶とちょっとした一言、二言を交わすだけだが、コナカさんが担当の朝は、ほんのり心が温かくなる。コナカさんが向けてくれる明るい茶目っ気のある笑顔は私にとっての朝日だ。これから満員電車に乗って職場が行くのが億劫でしかたないという私の灰色に沈んだ気持ちを照らしてくれる。
 
 
私は小さい頃からおっちょこちょいだった。
いや、そんな可愛い類のものではないかもしれない。
 
電車に乗ればたいていどこかで切符がなくなっていた。本人も全く訳が分からない。完全にイリュージョンの世界だ。
もし、網棚や椅子の横、自分の体から離して荷物を置いたら、それは確実に置き忘れられる。
 
小学4年生の時、教室に「忘れ物キロク表」という世にも恐ろしいものが壁に貼られた。生徒達の忘れ物の多さにブチギレた担任の先生が不敵な笑みを浮かべながら、「今日から忘れ物があるたびに名前の上にシールを貼って数えていきますからね! 皆さん忘れ物をしないように」と言って、バンとその紙を叩いた。全体的に効果が見えただろう中で、先生とよくやりあっている男の子と私とでワンツーフィニッシュ。3位以下をグンと大きく引き離す大差で忘れ物大賞ツートップに輝いた……。
 
私はなにも反抗しようとして忘れ物をしているわけではない。どちらかというと“良い子だね”とか“優等生だね”と周りからほめられたかった。本人はそうなりたいと一生懸命なのだ。なのに、色々なことが抜けてしまう。悲しくて、情けなくて、こんな自分をどうにか変えたいと思っていた。
 
大人になってから「ADHD(注意欠陥多動性障害)」という発達障害が存在することを知ったが、その特徴を読んでみて驚いた。ほとんどが「まさに私のこと……!」と思う内容ばかりである。大人になるにつれ、積みあがった経験と工夫でだいぶカバーができるようになっているが、正直言って基本は今も変わっていない。
 
 
ずいぶん前にこんなことがあった。
 
私は職場で、いつのまにか携帯電話がなくなっていたことに気付いた。いや、バッグのどこかに紛れているだけかもしれない。全部取り出してみるがない。
 
どうしよう……!
 
数々の恐ろしいケースが頭をよぎる。携帯電話会社に早く連絡しなくては。しかし、一つの大きな可能性がひらめいた。
 
自転車の前カゴ!
 
バッグの外ポケットに携帯電話を入れてしまうと、自転車のカゴにバッグを入れた際に、携帯電話がポロリとカゴの中に落ちることがあるのだ。今日はそれにうっかり気づかなかったのかもしれない。いや、きっとそうだ。一応それを確かめてから対処しよう。
 
こんな危なっかしい決断は決してお勧めできないが、その日の私は「きっと自転車のカゴにあるに違いない」と信じて、そのまま仕事を続けた。とはいえ、本当にカゴの中にあるかどうか、気になって仕事どころではなかった。
 
なんとかその日の業務を終え、できる限り急いで駐輪場に駆け付けた。恐る恐る自転車のカゴを見る……。もう一度、よく見る。しかし、無情にもそこは空っぽだった。
 
どうしよう……! ここにも、なかった。
 
自転車を押しながら駐輪場の出入口まで行き、係員が待機するプレハブを覗いた。今にも切れそうな望みの糸をぐいっと引っ張り、そこにいたおじさんに思い切って、声をかけた。
 
「あの……自転車に、自転車のカゴに、携帯電話、なかったでしょうか……?」
 
すると係員は私の自転車を見るなり、パッと顔を輝かせて言った。
 
「おっ、PTAパトロール隊の自転車だね! 待ってたよ。これだろ!?」
 
屈託のない笑顔で渡してくれたのはまさに私の携帯電話だった。そう、そのとき対応してくれたのがコナカさんだった。
 
「よかった~~! 本当に、ありがとうございますっ!!」
 
こんな風に私達は出会い、それ以来、コナカさんは私をみかけるたび、「よっ、PTAパトロール隊!」と声をかけてくれるようになったのだ。
 
 
コナカさんと笑顔や言葉を交わす度、私は思うのだ。私が自分の理想通りきちんとした人間だったら、決してこんな風に仲良くなることはできなかった。携帯電話を自転車のカゴに置き去りにするという大失態が、私達の縁を作ってくれたのだ。そう考えると、長い間苦しみ、直したくて仕方なかった私のダメなところも、ほんの少しだけ愛せる気がする。きっとこれも私を形作る大事な資質の一つなんだ。そう認められる気もする。
 
彼の笑顔は、私の隠そうとして奥に押し込んでいるダメな部分まで優しく照らしてくれる朝日のようだった。
 
実は残念ながら、コロナ禍で在宅勤務になっているうちに、コナカさんのいた駐輪場は取り壊され、駐車場になってしまった。コナカさんともしばらく会えていないが、今もどこかで元気でいてくれたらいいなと思う。そういえば、以前「M公園を走ってたのを見かけたよ」と言われたこともあった。行動範囲が重なっているならバッタリどこかでまた会えるかもしれない。
 
「コナカさんに出会えたことで、私は救われたんです」
 
本当は直接伝えたいけれど。桜で有名なM公園にまだ残っているソメイヨシノの花を見上げながら、もしコナカさんがここを通りかかったら、そう伝言してねと心の中で語り掛けてみた。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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