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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:浦部光俊(ライティングゼミ・4月コース)
 
 
名前なんていらない、そんな風に思ったことはありますか。
 
世界の誰一人として、自分のことを知らない。でも構わない。だって、未知の世界に踏み出せば、世界は必ずぼくを受け止めてくれる。特別じゃなくたっていい、ぼくは、ぼくのまま進めばいい。
 
これは、いまから30年ほど前、ぼくにそんな勇気くれた出来事です。ぼくが大学一年生の頃、友人と二人、アメリカ横断旅行をしていたときの話です。
 
その頃のぼくは、地方の高校から都会の大学に進学したものの、新しい生活に、全くなじめないままでした。そこでは、誰もぼくを知りません。ゼロから新しい自分を作っていくことに、ぼくはすっかり怖気づいてしまっていたのです。
 
ある日のことです。アメリカ留学中の高校時代の友人が、電話をかけてきて、こう言いました。次の冬休み、車でアメリカを横断するから、お前もアメリカにこい。
 
なんだよ、それ、そう思いながらも、興味をひかれたのは確か、ぼくは、自分でも驚くような身軽さで、動き始めました。免許を取るため自動車学校に通い、旅行代金のためにバイトを始め、めんどくさいと言いながらパスポートをとり、飛行機のチケットを予約し、そして、一人、アメリカへ旅立ったのでした。
 
ただ、アメリカでの毎日は、失敗と挫折の繰り返しでした。受験勉強で少しは自信を持っていた英語は全く通じませんでした。マクドナルドの注文すらできませんでした。それに、
ダメダメだったのは英語だけではありません。夜中に到着した街で飛び込んだホテルは、売春宿、愛想はいいけど、やたらと派手なおばちゃんと、部屋の料金交渉をしていたつもりが、実はあっちの値段交渉。急いでホテルを飛び出しました。
 
準備なしに出かけたグランドキャニオンでは、本当に死ぬ思いをしました。調子に乗って奥へと進んでいるうち、いつの間にか日が暮れてしまったのです。ライトどころか、食料も、水も、防寒着も持っていません。凍った雪で滑る崖を、這いつくばって登り、命からがらホテルに戻るなんてこともありました。
 
ただ、そんな失敗と挫折を繰り返しながらも、ぼくは少しずつ、自信を感じ始めていました。世の中、意外となんとかなる、そんな楽観的な気持ちになり始めていたのです。
 
例えばそれは、街中で迷っていたときのこと。同じところを行ったり来たりしているぼくたちに、話しかけてきたのは黒人のおばちゃん。「あんたたち、さっきから何しているんだよ。行きたい場所があるなら、さっさと言いな、私が連れていってやるからさ」
 
例えばそれは、砂漠のど真ん中で、友人の車が故障したときのこと。突然、目の前に止まった車から、降りてきたのは、修理道具を持った二人のオヤジ。「通りがかりの車が、お前たちの姿を見かけて電話をかけてきた。助けてやってくれってさ」
 
衝撃でした。世界は、ぼくが思っているよりもずっと優しい場所でした。東京での新しい生活に怖気づいて、一人閉じこもり気味だった自分が、少し馬鹿らしくなりました。ぼくは、一人で勝手に世界を狭くしていたのです。
 
そんな風にぼくがアメリカの自由な空気を楽しみ始めた頃でした。事件が起きました。
 
それは、友人と二人、公園でテニスをしていたときのこと。ここは知らない土地、ぼくたちは、少し遠慮気味にテニスをしていました。隣のコートでは、30才前後でしょうか、ボブ・マーリーのようなドレッドヘアの黒人男性が、10才くらいの娘さんを相手にサーブの練習をしています。
 
あるとき、ぼくたちが打ったボールが、隣のコートに飛んでいきました。やばっ、そう思ったぼくたちが、申し訳なさそうにボールを取りに行くと、ボブは気にする様子はありません。No Problem、ニコッと笑ってボールを取らせてくれました。
 
ただ、あまり上手ではないぼくたちです、またすぐに、ボールはボブのコートへ。ごめんね、またやっちゃった、そういうぼくたちに、Don’t worry、ボブは、また笑顔で応じてくれました。そんなやり取りが、何度か続いたときのことです。ぼくたちのボールを拾ったボブが、こちらに向かってきました。娘さんに手招きして、お前もこっち来いといっています。ぼくたちは緊張しました。お前たち、いい加減にしろ、そう言われるんじゃないか、硬くなったぼくたちに、ボブが言ったのは、ねぇ、試合しない?
 
えっ、ぼくらでいいのかな、友人と二人、顔を見合わせました。すると、そんなぼくたちの気持ちを見透かしたのか、ボブがいいました。うちの娘、テニスを始めたばかりなんだ。だから、一緒に試合してあげてよ。なるほど、そういうことなら気が楽だ、Let’s do itぼくたちは試合を受けることにしたのです。
 
とは言え、上手なのはボブ一人、多少のミスには目をつぶるということで、やり始めると、これがめっちゃ楽しい。もちろん、最初は緊張していました。ただ、ボブと娘さんがあまりにも自由なのです。味方のナイスショットに大声を上げ、自分のスーパーレシーブには、さらなる奇声。そんな姿を見ていると、ぼくたちも思い切り楽しんでやろう、そんな気持ちになったのです。だから、ぼくらも負けず、大声を上げました。ナイスショットにはハイタッチとガッツポーズ。多少のミスには目をつぶる、そんな最初の約束は忘れかけ、いや、いまのは入った、いや、アウトだと、冗談交じりに口論して、なんて、やっていると、あっと時間が過ぎていきました。
 
いや、もうテニスって最高、というか、こんな風に、知らない場所で、知らない人と、こんな気軽に楽しい時間を過ごせるなんて、アメリカって最高。いや、世界って、いや、生きるって、こういうことなのか、ぼくがそう感じているときでした。ボールを拾ったボブが、ネット越しにこういいました。
 
もういい時間だから、ぼくたちは家に帰ることにするよ。今日は、ありがとう。本当に楽しかった。See you soon.
 
ぼくたちは、握手をして、別れました。始まったときと同じくらい、あっさりとした別れでした。盛り上がった気持ちが、行き場所を失い、ぼくの中に穴が開いたようでした。だって、ぼくたちは、互いの名前すら知らないままだったのです。ボブだなんて、心の中で呼んでいたけれど、実際は名乗ることすらなくゲームを始め、あんなにも素晴らしい時間を共有して、そして、名乗ることなく別れたのです。そんなものか、寂しい気持ちになりました。
 
けれども、同時にこんな風に思った自分もいたのです。ぼくたちは名前すら知らない。でも、ぼくたちは、こんなにも楽しい時間を過ごすことができる。世界ってそういう場所なのかもしれない。自分から一歩を踏み出せば、世界はぼくを受け止めてくれる。そこでは、なにも特別な存在である必要なんてない。ぼくは、ぼくのまま進めばいい。そう、世界は、ぼくが思っているより、ずっと優しい場所なんだから、と。
 
その後、日本に帰ったぼくは、まったく新しい気持ちで大学生活に戻ることができました。
そこでは、誰もぼくを知りませんでした。でも、それでいいのです。だからこそ、おもしろいのです。世の中、意外と何とかなるし、一歩を踏み出しさえすれば、世界はぼくを受け止めてくれるのです。だから、ぼくは、ぼくのまま、進めばいい、そんな風に思って過ごす大学生活は、いままでよりもずっと優しい光がさしているようでした。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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