メディアグランプリ

苦情・クレーム対応は太宰治の小説だ


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記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
4月、多くの企業等が新年度をスタートさせる。職場の異動、部署配置換えにともなう悲喜こもごもの人々を目にする時期だ。みなさんは、どんな部署・仕事がお好きだろうか。また、嫌な仕事、この仕事だけは絶対したくないというものはおありだろうか。例えば、「苦情・クレーム対応」はいかがだろうか。企業・会社により「お客様相談窓口」「お客様サポートデスク」いろいろな表現がある。いろいろあるが、ほぼ全ての人はこのような担当を嫌がるものだ。苦情・クレーム対応のイメージは、暗い、重い、辛い……。
 
そのような、嫌われ度NO.1の業務に私は携わってきた。もう10年になる。思えば長く務めたものだ。しかも、私は病院勤務である。病院の苦情相談は、命にかかわることもあるため、頗るしんどい。この窓口担当になったのも、当時の上司が「人が嫌がる仕事をやれ」と言ったからだ。シングルマザーで2人の子どもを育てる私は、当時3年契約の職員であった。契約更新の時期になると、ドキドキしながら過ごしたものだ。そのようなとき、仕事を長く続けたいなら、「人が嫌がる仕事をやれ」という言葉は、私に効いた。
 
さて、苦情・クレーム対応をおこなってみると、実に奥深い。患者さん、あるいはそのご家族、そして医療者にそれぞれの物語がある。そこで私は思った。太宰治の小説に似ているなと。
 
太宰治、その代表作『人間失格』が強烈すぎて、暗いイメージをもつ方が多い。しかし、太宰治の作品は実に奥深い。読者を笑わしてくれるものもあれば、エンパワメントしてくれるものもある。例えば、『畜犬談』はコメディー短編である。ひたすら、「犬が嫌い」ということを書き綴っているが、単に主人公がダメダメなのだ。読者は笑いながら、主人公に突っ込みを入れるだろう。太宰のM・C(マイ・コメディアン)な才能あふれる作品であるとの評もある。もう1作品ご紹介しよう。私が太宰の中で大好きな作品『斜陽』である。この中には名言や名シーンがちりばめられている。あまりにも有名な「人間は恋と革命のために生まれて来たのだ」を差し置いて、私が挙げたい名言はこれだ、「けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです」。男性社会の中で、シングルマザーの身で働くには、幾度となく辛い苦しい場面があった。そんなとき、この言葉を何度口にしたことか。勇気をいただいたことか。太宰の最後は入水であるため、太宰から「死」をイメージする方も多いが、私は太宰から「生きる力」を頂戴した。
 
このように太宰の作品には、コミカルなものもあれば、勇気をもらえるものも多い。苦情・クレーム対応も中にはこんな話もある。
 
「手術が延期になった! 入院が延びる。どうしてくれるの!」と、ぷりぷりしながら70歳代の女性がやってきた。消化器系の手術を予定していた。胃の中を空っぽにして手術を実施するために、手術の数時間前から絶飲絶食であった。医師や看護師からは「明日の朝ご飯は出ませんよ」と何度も言われていたらしい。「だからね、朝5時におせんべいを食べたのよ」私はすぐに了解できなかった。さらにお話をうかがった。手術前だから物を食べてはいけないことは知っていたらしい。しかし、「だって、そこにおせんべいがあるんだもの。食べるでしょ」と、もごもごしながら彼女は語った。私は思わず「おせんべい、美味しいですよね」と言った。一緒に笑った。それからおせんべい談義をして、彼女は笑顔で病棟に帰っていった。「そこにおせんべいがあるんだもの」名言だ。
 
こんな事もあった。「担当の先生にお礼が言いたかったのに、違う病院に行っちゃった。お礼が言えない」と悲しむ女性。そのままお話をうかがった。彼女の話は1時間半に及んだ。「先生に出会えたから、今年も桜を見ることができたの。だからね、あなたも、病院で働く人もみんな桜を見て欲しいの」思わず、涙が出た。桜を見ることができるのは、本当に尊いことなのだ。今年も散り行く桜を眺めながら、あらためて生きる喜びを感じることができた。
 
嫌われ度NO.1の業務を続けた私は、任期のない職員となり、今ではそれ以外の仕事も多くするようになった。自負になるが、頼られる存在になったと思う。そこには、人としての成長があったからだ。多くの人生物語を体験することができたことは、私にとって宝物となった。私は、人の苦しみや悲しみ、怒りなどに触れると、そこに人間らしさを感じる。そして、その奥にある、さらに深い人間の性(さが)をしみじみと味わうことができる。太宰治の作品も、飾らない人間臭さがそこにある。苦情・クレーム対応をしたり、太宰治の作品を読んだりした後には、「人間って、実におもしろいな」と、じわじわ感じるのだ。
 
もし、あなたがそのような仕事をする機会があれば、嫌がらず、思う存分味わってほしい。AIで埋め尽くされそうな昨今だが、そのような仕事の中には人間らしさがあり、そこは幾分か居心地が佳いものである。
 
 
 
 
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2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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